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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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国王の本懐

 国王オーブリーは、その朝、執事の告げる本日の予定を欠伸をしながら聞き流していたが、珍しくレティシアの離宮に飛んできた王立学院長の遣い鳥の色が緊急を要する金だったため、中断して鳥に書き込まれた内容を読み取った。途端に顔色が変わる。


「本日の午前中の予定は取り止めだ。後日に回せ」


「仰せのままに」


 国王がそうと決めたら絶対なので執事はすでに諦める術を学んでいた。


「レティシア早急に王立学院に向かうから、早く着替えるんだ!向こうから来るのを待ってなどいられない!」


 寝室の扉をまた壊す勢いで開けた相手にレティシアはやっとのことで起き上がる。体感的にはつい先ほど眠ったような気さえする。午前中はずっと寝ているつもりだった。怠いし身体が痛い。


「えぇ…?どうしたのよ。リリー…着替えを手伝って」


 メイドを呼んで鏡の前に立ったレティシアは小さなため息をついた。身体のあちこちに赤い花びらのようにくっきりと跡が残っている。こっけいなくらいだ。昨夜は自分もどうかしていたとしか思えなかった。レティシアは額を押さえた。


「あらあら…これは大変ですね…」


 リリーは含み笑いを漏らす。一体どういう風の吹き回しなのか。だが良いことだ。戦で大勢を犠牲にするよりよほどいいと、長年仕えているリリーは思った。


「…うまく誤魔化せるかしら…これ…」


 服を着ても到底隠せそうにもない。嵐のような夜を思い返しレティシアは一人赤面した。



***



「良かったわ。馬車移動じゃなくて」


 気怠げなレティシアの表情にようやくオーブリーは気付いたがすでに遅い。それでも一言口にした。


「…すまない…妃に対する配慮が足りなかった…」


「いいのよ…今度はもう少しお手柔らかに願いたいわ。それで、何があったの?」


「ジェ…ジュディスが第一王妃の残した呪物のせいで倒れた。詳しくは分からない。掴まれ。これから移動する」


 レティシアは息を飲む。あの強いジュディスが?オーブリーの腕に掴まると景色が歪んだ。目を閉じる。しばらくして目を開けるとオーブリーは眉をひそめてそびえ立つ王立学院の正門を見上げていた。


「なぜ屋敷まで飛べないんだ…ものすごい強力な壁に阻まれた…一体何の魔力だ?」


 レティシアは嫌な予感がした。


 門番は突然現れたのが国王夫妻と分かって目を見開いている。国王は門番に学院長の遣い鳥を見せ律義に書面にサインをする。


「すまない、レティシア。ここから先は馬車だ」


 国王の言葉にレティシアは絶望した。



***

 

 

 いつものようにレイの屋敷で食卓を囲んでいた人たちは突然現れた国王陛下と第五王妃に驚きを隠せなかった。


「…ジュディスは?」


 不運にも一番近くにいたブラッドウッドが声を掛けられる。国王の魔力に圧倒されて口をパクパクしているブラッドウッドに代わって、ウォードが一礼した。


「ご案内致します」


「お騒がせしてごめんなさいね。食事を続けて下さいな」


 レティシアが微笑みながらウォードと国王に続いてゆっくりと階段を上り視界から消えた。


「珍しいこともあるものね…」


 フロレンティーナも言いながら立ち上がると、二階へと後ろからついて行く。


「君は…?もしや…」


 案内するウォードを見た国王は何かを思い出すような素振りを見せた。ウォードは真面目な顔をすると膝をついた。右手の拳を開いた左手の掌で受け止める影の手特有の挨拶をした。


「見覚えがございましたか?申し訳ございません。途中で怪我をしてお務めを果たすことが出来ませんでした」


「あぁ…やはり。北方警備の際は長い間ジーンを守ってくれたことに感謝する」


 第二王女のジーンを庇って大怪我をした影の手がいたことを国王は記憶していた。魔力を失った後に学院長がその身を引き受けたことも。


「今は魔術騎士科の講師をしております。私はジュディスに剣を捧げましたので、今は彼女のものです…あ、学院長!」


「随分とお早い到着ですね」


 だが学院長の言葉に対し国王は苦言を述べた。


「あの厄介な防御壁がなければ直接こちらに飛べたはずなのだが。何なんだあの魔力は」


 その問いに答えたのは背後から現れたフロレンティーナだった。


「私の魔力よ。国王陛下。フレディの防御壁に私の魔力を編み込んだの。ここは紅い竜のいる王立学院だもの。私だって先の悲劇を繰り返したくはないわ。それでも女の腹に呪物を仕込んで送り込まれると…あの子は優しいから助けようとしてしまうのよ」


「こちらです。今は二人とも眠っています…」


 そっと扉を開けると不思議な光景が広がっていた。繭のように翡翠色の蔦と青白い蔦が淡く光りながら透けるドームを作っている。その中にジュディスとレイが向かい合って丸くなっていた。両手を繋いでいる。二人とも、どこかあどけない寝顔だった。


「私がジュディスの記憶に鍵を掛けました。話の続きは別の部屋で」


 一同は奥の部屋へと移動する。席を外そうとしたウォードを学院長が呼び止めた。


「君と…ブラッドウッド先生にも入ってもらう。今後ジュディスとレイを守ってもらうには、少し踏み込んだ話を聞いてもらわねばならない」


 部屋の中にはすでにモリス教授もいて、人数分のお茶と茶菓子、それに軽食までもが用意されていた。


「先に少しお食事をいかがかでしょうか?空腹だと良い知恵も浮かばないかもしれませんから」


「あら、気が利くわね。私飲まず食わずで出てきたのよ」


 レティシアが嬉しそうに笑う。オーブリーは眉間にシワを寄せたままだったが、手近な椅子に座り、お茶を一口飲んだ。程なくしてブラッドウッドも現れ、落ち着かない様子でウォードの隣の椅子に座る。レティシアはよほど空腹だったのか、上品にハムと野菜とチーズの挟まった丸パンを口に運んでいた。部屋を遮断して話が始まる。最初は嬉しそうに食べていたレティシアだったが、話が進むにつれすっかり食欲が失せてしまった。


「リシャールの砕かれた焼印は大部分を回収してフロレンティーナが焼き尽くしました…が、まだ全てではない…あとどのくらい残っているのか…想像でしかないが…」


 学院長の言葉を受けてフロレンティーナが中空に描いた立体図には欠けた焼印が再現されていた。


「白い部分は私が焼き消した箇所。赤い部分はまだ見つかっていない欠片よ。今回ベアトリスの子宮に血肉と共に隠されていたのは、ここ」


 獣の爪のような形の欠片の部分が光る。レティシアは思わず口許を押さえた。手を下したのは恐らく第一王妃の言いなりだった第一王子なのだろうが嫌悪感が沸き起こってどうにもならなかった。


「ジュディスがベアトリスの腹の中から取り出したが触れてしまったことで、過去の記憶が蘇り、以前閉じた精神の深い部分の傷が開いてしまうところでした。根本的な解決には至りませんが、再び私が記憶に鍵を掛けて忘れてもらいました」


 学院長はそう告げると眉間に片手を当てて沈黙してしまった。


「今はジュディスは腹から取り出したものが何だったのか忘れています。今後万が一どこかでこの破片を見つけた場合、何としてもジュディスとレイには触れさせないようにしたい…が、これは血肉に隠すと魔力の検知からも外れ、ジュディスやレイの精霊の力でも見えない…」


 精霊の力。ブラッドウッドはこれまで見てきた常識はずれな奇跡に等しい魔力の正体が何なのか、ようやくその断片を掴めた気がした。これまで黙っていた国王が騎士科の二人に向かって言った。


「たかが息子の婚約者に我々は大袈裟な話をしているようにも聞こえると思うが、ジュディスは元は…私の羽化の守だった。南方王朝と戦争を繰り返していた時代に私はジュディス…そのときはジェイドだったが…彼と出会った。後に第一王妃の言葉に惑わされ愚かにも私は彼を刺してしまったが。光る蔦に飲み込まれた彼は二十年の空白の時を経て十三の少女として再び現れた。私は今度こそ報いたい、望むのはそれだけなのだ…」


 国王の言葉に誰よりも驚いた顔をしたのは学院長だった。己の非を認めない、自己中心的だった男が、それを認めた?報いたいなどと柄にもない言葉を口にした?同様のことを思ったのか、レティシアも目を丸くして国王を見つめている。兄妹揃ってあ然とした顔をした二人に気付いて国王は再び眉間に深い皺を寄せた。


「フレディもレティシアも、一体私を何だと思っているんだ。真夜中に寝所にまで忍び込んできたジュディスにも散々言われたが…まぁ、小言だけではなく私の身体に僅かに残った不調を見抜いて取り除いてくれたが。あれは他人のことばかり気に掛けて自分のことには無頓着過ぎる…だから心配なんだ」


 心配!!こんな気難しい顔をした人から心配などという言葉を聞く日が来るとは。レティシアは感動すら覚えて思わず兄の顔を見た。


「本人に直接言ってあげればいいのに…まぁ、でも口が裂けても言わないところがあなたらしいわよね」


 レティシアはそう言ってお茶を一口飲む。昨晩飲んだものとは違うがこれはこれで美味しい。一方で魔術騎士科の二人は驚きを通り越して理解までもが追いつかない衝撃の事実を知ってしまい、表情を取り繕うことも忘れてぼんやりしていた。


(国王様の寝所に忍び込む…?一体どうやって?)


 ウォードは無意識のうちに警備の穴を考える。ウォードの頭の中には王宮内の地図が丸々入っている。塀の高さから階段の段数に至るまで全て。ウォードの思案顔に国王はまるで思考を読んだかのように苦笑した。


「ウォード先生、安心したまえ。それはジュディスでなければ突破できない。が、念の為にもう改善済みだ」


 傍らのブラッドウッドが何とも言えない困り顔でウォードを見返していた。

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