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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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 少しの間眠っていたが、ジュディスは何か小さな物音を聞きつけて目を開けた。暗闇の中起き上がろうとするとレイの蔦が絡まって僅かに皮膚にまで侵食していた。身動きが取れない。どうすべきかと考えながら目の前のレイの寝顔を見ていると、程なくして目が開いた。


(…泣いてる)


 言った端からレイの目から涙がこぼれ落ちる。泣いたことのないレイの涙を見てジュディスは動揺した。レイ自身も驚いたのか唐突に蔦が全て引っ込んだ。


「大丈夫か?レイ…なんでそんなに共鳴してる?」


「え…?なんでって、分からないよ」


 二人は起き上がり階下へと向かう。使用人の寝室の方からすすり泣く声がした。同時に低い男の声が狼狽えたようになだめている。アマロックだ。

 レイが扉を叩くとアマロックが顔を出した。途端に濃厚な血のにおいが漂う。アマロックは首を押さえて止血しているところだった。


「お騒がせして申し訳ありません。ちょっと予想外のことが起きて…」


「アマロック、もしかして血を飲まれたのか?」


 ジュディスの表情が厳しくなる。半魔獣のアマロックの血は半獣人にとっては毒にも等しい。アマロックは頷いたが、その背後ですすり泣いている相手は生きていた。


「…姿が変わってしまいましたが、こいつはソロです。俺は誓って何もしていません。月光の影響なのか…夜中になったら部屋に入ってきて…寝ぼけているのかと思ったら突然噛まれました…」


「やれやれ、お前まで求婚されるとはな。アマロック。それにしてもここまで化けるとは思わなかったぞ。ひょっとしてお前の血のせいか?全く別人じゃないか」


 ジュディスは言いながら室内に入る。裸体を隠すのも忘れて泣いている女性の元に近づいて、布団でそっと身体を覆った。豊満な胸。自分もこんなに大きくなったら戦うのに邪魔だなとしょうもない思考が頭を過ぎる。


「私が誰だか分かるか?」


 サフィレットのような白い髪に一束混じる翡翠色。何故こんなところで。ジュディスは深いため息をついた。


「通りでレイが共鳴する訳だよ。この子は蔦持ち…とても珍しいが私たち眷属の血を引く子孫だ…」


 一方でジュディスを見上げたソロはホッとしたような顔をして抱きついてきた。


「おねぇさま…」


 ソロの言葉にジュディスは微妙な表情を浮かべる。聞き慣れない。変な感じだ。


「自分の名前を覚えているか?」


「私は姉のトリニティ。この方を番にしたいのに、どうして認めて下さらないの?」


 トリニティと名乗った女性は蕩けるような視線をアマロックに送る。アマロックにしては珍しくその言葉にギョッとしたような表情を浮かべた。


「いや、急にそんなことを言われても…無理なものは無理なんです…」


 トリニティは再び泣き出してしまう。実はジュディスが起きる前からこの不毛な会話は続いていた。困りきったアマロックと嘆き悲しむトリニティを前に、ジュディスは小声で囁いた。


「すまない、結論は一旦保留だ」


 トリニティの首の後ろに魔力を込めて手刀を下ろす。トリニティは静かに気絶した。



***



 トリニティを元の部屋のベッドに運び、アマロックの首を止血して、ジュディスはレイの姿が見えないことに気付く。気配を辿るとテラスのソファーの上に膝を抱えてうずくまるレイを見つけた。


「レイ?」


 ジュディスの声にレイはビクリとして顔を上げる。レイはまだボロボロと泣いていた。ジュディスは隣に座って抱きしめる。


「それはレイの感情じゃない…すまない、今外してやるから…」


 一番レイに効く簡単な方法を選ぶ。ジュディスは抱きしめたまま両手から蔦を出した。青白く光る蔦でレイを覆う。すっぽりと覆ってしまうと、その中で唇を重ねた。


「レイ…大丈夫だ。私はここにいる」


 幼い子どものようにレイは抱きついて、なおも唇をせがむ。ちぐはぐな動きだ。少し深く執拗に続けるうちに、レイはようやく落ち着きを取り戻したように見えた。


「レイ?」


「…頭が…混乱する…」


 レイはぐったりとジュディスの肩に額を押し付けて呟いた。


「ソロの中に…たくさんいて…ざわざわしてた…小さい男の子…昼間のソロと…さっきの女の人…それにもう一人…」


「そんなことまで分かるのか?レイは…私とは違う器官に精霊の力が通ったんだな…精神的な部分の結びつきが強い…」


 でも少なくともあの中に三人も抱え込んでいるのは厄介だ。分かっただけ一歩前進ではあるが。


「ちょっと繭の中みたいだね…」


 レイが周りを見回す。


「レイが繭になったときは大慌てだったから確認する余裕なんかなかったけどな。でも多分もっと白かった…と思う」


 ジュディスはレイの頭を撫でる。


「お父さまの繭は…何色だった?」


「オーブリーか?癪なことに私の髪みたいな色だったな。中から何でこんな変な色なんだとか罵詈雑言飛ばしながら繭になったな…しょっちゅう殴られて時々殴り返してはやり返されて…いつもフレディが仲裁に入ってた」


「想像つかないや…」


 クスリとレイが笑う。


「当時の国王…要するにレイのじいちゃんがな…躾と言ってはオーブリーに酷い事をしてて、結局そういう暴力的なやり方しか知らなかったんだよ。オーブリーだけが悪い訳じゃない。だからじゃないのかな。自分の子には必要以上に距離を置いて関わりを避けてたじゃないか…不毛な繰り返しを断とうとしてたんだとは思うよ」


 レイはジュディスの肩から顔を上げる。そっと頬に手を触れて慈しむように撫でた。その指先からも蔦が出てくる。レイの蔦は光ると白い。なのに今日の蔦は翡翠色に輝いていた。


「ジュディスの色に変えてみた…その気になれば色々できるもんだね」


 蔦の色を変えることなど考えたこともなかったのでジュディスは笑ってしまった。思いのほかレイは器用だ。青白い蔦に翡翠の蔦が絡まる。二色の蔦の繭の中で二人はくっついて丸くなり再び眠りについた。

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