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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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第二王女

 三人が病室の中に入ると、ベッドには金の長い髪に青い瞳の女性がいた。瞳の色はブリジットに似ているが顔立ちは違う。よく見ると僅かに銀の髪も混ざっていた。女性は背もたれ部分を起こしてベッドを椅子のように使っていた。第一王子が化けていた第二王女を見ていたジュディスはそのそっくりな見た目に、思わず刺された右の掌に触れてしまったほどだった。王女は読んでいた本から目を上げて微笑んだ。


「…私はジーンの方です。お久しぶりです。ブリジット」


「あ…あぁ、お久しぶりです。第二王女」


 気まずそうにブリジットは応じる。王女は穏やかな、けれどもどこか悲しげな瞳でブリジットを見つめた。


「全ては私の責任です。申し訳ありません」


 王女が頭を下げたのでブリジットは慌ててその肩を抱き寄せた。


「あなたのみの責任ではありません。どうか頭を上げて下さい」


 おもむろに第二王女に名前で呼ぶように言ったのは自分だったとブリジットは思い出していた。お母さまなどと気安く呼ぶなど言ってしまった。随分と冷たくあしらったと今更ながら後悔と共に思い返す。王女はそっとブリジットを抱き返す。が、不意に驚いた声を上げた。


「もしかして、レイなの?少し見ない間にお父さまそっくりになって…あなたも少し混ざったのね?」


 ブリジットの隣に立ったレイを見て第二王女は切ない表情を浮かべた。その隣に所在なげに立つ小柄な美しい少女に目を移す。第二王女は思わず鳥肌が立つのが分かった。弟の気配も変わったが、彼女は明らかに人の領域を超越している、そう本能が告げていた。何者なのだろう。ほんの少しだけ触れてみたい、とも思ったが相手は弟の羽化の守で今は婚約者なのだと思い直す。


「ジュディスです。お初にお目にかかります…」


 ジュディスは洗練された所作で挨拶をする。魔術騎士科の制服を着ているので騎士の方の挨拶だったが美しかった。翡翠色の髪がさらりと揺れた。


「兄弟たちがあなたにしたこと…本当に申し訳なかったわ。私はその頃北方の砦にいて…孤立無援だったからそんな大変なことが起こっていたとは知らなかったのだけど…それで…大切なエレンも失ってしまった…魂以外は…」


 そこで口を閉じてジーンはブリジットの顔を見つめて告げた。


「待っていて下さい。今、エレンと代わります。彼はとても後悔していたんです…」


 目を閉じたジーンがしばらくして再び目を開けると、近くに立ったブリジットをゆっくりと見上げた。


「…母さん…」


 ブリジットは急に眉間にシワを寄せる。ジュディスがそんなブリジットを肘で突いた。


「怖い顔してる…眉間…」


 ブリジットは咳払いをした。


「…済まなかった。私は…ずっとエレンに謝りたかったんだ。下らない恋愛感情に振り回されるなと言ったことを…お前は真剣だったというのに…」


 ブリジットはせっかく整えた髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。エレンはそんな母親の様子を見て不思議そうな顔をした。


「いや…僕の方こそ…大怪我をしてもうダメだと思ったときに…母さんの言った言葉の意味を思い出していたんだ…冷静さを失わなければ(かわ)せたはずだったんだ…」


 ブリジットはためらいながらエレンを見下ろしていたが屈んでその身体を抱きしめた。


「あんな別れ方をして…私はずっと後悔していた…」


「僕もだよ…せっかく母さんに産んでもらった身体まで失くしてしまったけれど…こうしてまた会えて嬉しい…それに…」


 そこでエレンは照れくさそうにブリジットの肩越しにレイとジュディスの二人の顔を見た。


「レイも生きていてくれて嬉しいよ。君がジュディスなんだね。レイを救ってくれて本当にありがとう。そうじゃなかったら弟が引きこもりになってしまうところだったよ…」


「あのクレメンスが引きこもり?想像がつかないんだけど…」


 首をひねったジュディスの言葉にエレンは、おや?という顔付きになった。


「あぁ、クレメンスは今王立学院に通っているんだ。ジュディスとも顔見知りだ。ついでにジュディスの友人がクレメンスと交際している。学院生活を楽しんでいるよ」


 エレンは意外にも母のその言葉に何よりも驚いた顔になった。エレンの知る弟像とジュディスの知る弟像とに随分と差がある。いったいロウの屋敷でクレメンスはどんな風に過ごしていたのだろう、とジュディスは考え込んだ。


「あぁ…誤解が解けたんだ。父が余計なことを吹き込んでいてクレメンスは長らく捻くれていたんだが…今思えばレイが王立学院に通い出してロウの家に顔を出せなくなった頃からかな…エレンも北方警備隊に配属されていなくなってしまったし、あれはあれで寂しかったんだろうとは思うよ」


 不意にブリジットはエレンの大きく膨らんだお腹に目をやった。エレンは視線に気付いて困ったように笑った。


「ジーンに…出産の際は引っ込んでいるように言われたんだ…きっと痛みに耐えられないって。でも出来る限りの協力はしたくて…僕には握ってあげられる手もないんだけれど…。それに予定日より遅れていて…」


 エレンはお腹を優しく撫でる。


「でも妊婦の大変さは日々経験しているよ。腰も痛いし、立ち上がったら足元すら見えないんだ…」


「ちょっといいかな…?」


 不意にレイが近付いてエレンのお腹に触れた。そうして微笑んだ。


「うん…君はもうお腹の中にいなくて大丈夫なんだよ。心配しないで安心して出てきて。僕たちの世代で兄弟どうしの殺し合いは起きない。二度と起こさせない。君のいとこも後から産まれるけれど…仲良くしたいと思ってるよ」


 レイの言葉にエレンは不安そうに眉を寄せる。


「いとこ…?」


「あぁ…ちょっと説明が難しいからまだ公にはしていないんだけど、僕はジュディスに救われて精霊の血が混じったんだ。それでその後に身体も変わって…今…僕のお腹の中には精霊の卵があるんだ。僕とジュディスの子どもだよ。だから、いとこだね」


 レイは微笑む。


「精霊の血が混じって、他の人には見えないものまで見えたり聞こえたりするようになって…って信じられないかもしれないけど、お腹の子…セレストって名前にしようと思ってる?本人がそう言ってるんだけど…セレストは産まれてきて大丈夫なのか不安だったみたい…だから、大丈夫だよって話したんだ」


 レイの言葉にエレンは目を見張る。確かにジーンと話してそう名前を決めたばかりだった。そしてまだ誰にもそのことは話していない。


「第二王妃さまって、北方警備隊に復帰したらしいけど、警備に問題がないなら今すぐ呼び戻した方がいいかも…セレスト待って、あまり急いで降りてくると陣痛が来ちゃうから、まだ少し待っててね。君のお母さんのお母さんを呼ぶから」


 レイの言葉にブリジットが何かを考える素振りをした。


「北方警備隊の砦か…ここからなら往復二時間ほどかな」


「え?ブリジット距離感がおかしいぞ?そんな訳は…あ…もしかして…」 


 ジュディスがブリジットを見上げる。確かに人は無理だが空を駆ける竜ならば可能だ。


「お父さまの遣い鳥を先に出してもらうよ。師匠が迎えに行くって。でも姿を見られて攻撃されないように連絡しておかないと、砦が大騒ぎになるよ?」


 レイが慌ただしく部屋から出る。


「母さん…もしかして、ついに竜になったんですか?」


 エレンが複雑な表情をしてブリジットを見上げた。


「あぁ…実は…お前が亡くなって第二王女も倒れたと聞いた日に…私は我を失って…気付けば空を飛んでいたんだ。その日が初めてだな。奇しくもエレンの命日だ。私が竜に転じたのは…」


 扉が叩かれて国王陛下とレイが戻ってきた。


「やれやれ、何故急にこんなに慌ただしくなるんだ?遣い鳥は送ったぞ。して、本気なのか?」


「えぇ、どうです?国王陛下。私と空の旅でもしませんか?歴代の王族でも竜の背に乗って飛んだ王はさすがにいないでしょう?」


 ブリジットは優雅に右手を差し出した。


「飛ぶなら上空は冷えるから厚着した方がいいかな。さっきフレディの背中にレイと乗ったんだけど、私たちならともかく、毛布がないと凍えるよ?」


 ジュディスの笑みを含んだ声にオーブリーはギョッとした表情になった。


「な…乗っただと?フレディも竜になったのか?」


「うん、迷ってたみたいだったから逆鱗に噛み付いてやったら、琥珀色の綺麗な竜になったぞ。屋敷も王立学院も破壊せずに済んだ。今回は怪我人も出してない。褒めてくれ」


 ニコリと笑ったジュディスにオーブリーはめまいを覚えて額を押さえた。


「お前…さてはフレディを南に連れて行くつもりだな?」


「うん、だって…一番フレディが暑さにも強かったよな?オーブリーは結局バテてたじゃないか。それに竜になったら失くした左腕まで生えてきたんだ。面白いな。竜の血の再生力って」


「あぁ…まったく、エレン、君はとりあえず今の話は胸の内に留めておいてくれ。いずれは分かることだから、後でゆっくりレイからでも聞くといい。レイ、ちょっとジュディスを借りるぞ?今更軽いのが一人増えたところで問題はないだろう。毛布を持ってただちに出発する」


「えぇ!?」


 国王陛下に手を引かれてジュディスはブリジットと共に部屋から出て行く。レイは慌てるジュディスに手を振って苦笑した。


「…お父さまは、本当は自分が一番一緒に南に行きたいのに行けないのと、学院長先生とジュディスが行こうとしてるから拗ねたんだ。まったく子どもみたいだよね…」


 同意を求められたエレンは困惑し、首を傾げつつも慎重に言葉を選んだ。


「君の婚約者って…西では珍しいあの髪の色…もしかして…有名なあの方の子どもとか…?」


 レイは手近な椅子を引き寄せて座ると笑った。


「惜しいけどそれは違うよ。どこから話せばいいかなぁ。幸いにも時間はあるから、帰りを待つ間に信じられないような話を聞いてもらいたいな。エレン兄さん、それにジーン姉さまも」


 ロウの家にいた頃の呼び名を口にするとエレンは照れくさそうに笑った。表には出ていないがジーンも興味深そうに会話を聞いている気配がした。

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