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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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ジェイレンの秘密

 王立治癒院に向かうために三人が身なりを整えていると学院長の遣い鳥が飛んできた。馬車に乗り込みながらジュディスが内容に目を通してクスリと笑う。


「鱗のお陰で魔術騎士科の訓練も問題なく行えそうだよ」


「…私も腹が軽くなったから受講してない時間帯なら手伝えるな…」


 魔術騎士科の講師に変装して乗り込んだブリジットの言葉にレイは途端に嫌な顔をした。しかもその姿が妙に様になるのも困ったものだ。長年講師を行っているような風格すら漂わせている。


「師匠…魔術騎士科の学生の自尊心を片っ端からへし折るつもりですか?」


「いやまさか。参考までに聞くが、ジュディスとレイはどの程度の力でやってるんだ?」


「うーん、三割程度?ジュディスはどう?」


「まぁ…そんなもんかな。講師同士でやるときはそれなりに本気でやるけど…蔦は使わないことにしてるし…そうなるとやっぱり解放しても六割かな。フレディと打ち合いしたら剣の方が折れちゃったからね。備品を壊し過ぎるのも良くない」


 笑ったジュディスの肩をレイが自然と抱くのを見てブリジットは眉を上げた。


「二人とも、角と始祖の血の影響かは知らないが、随分と人前でも遠慮がなくなったな…」


「え?だって師匠なら屋敷で散々見慣れてるでしょう?それに今は馬車の中だし…」


 レイが笑ってジュディスの頬に口付けをした。そうして不意に真面目な顔をしてそのまま魔力を流し始める。


「お姉さまに会うと分かっていたら、もっと早く治しておくんだったなぁ…」


「別にいいよ…どうせ尾ひれがついて噂も広まっているんだろうし…魔術騎士科じゃない生徒からもやたらとお見舞いの品が届くんだ…」


 それでも王立治癒院に着くまでの間、レイは熱心に魔力を流してジュディスを癒していた。ブリジットは美しい二人のそんな様子を間近で堪能できる特権を得て目を細めた。


「下手な演劇を鑑賞するよりも有意義な時間だな…」


 通り過ぎる窓の外の劇場を見やってブリジットはフッと笑みを漏らす。巷では有名な女優もこの二人を前したら霞むに違いない。やがて馬車が目的地に到着すると、ジュディスとレイはローブのフードを目深に被った。ローブの下には魔術騎士科の制服を着ている。負傷して王立学院からの馬車で運ばれる生徒もいるので特に違和感はなかった。レイがジュディスを抱き上げて白い階段に足を踏み出すと、あっという間に長い階段の上に到着した。入り口で待っていた治癒師がブリジットの右手の甲にさりげなくつけられた王宮の許可を示す魔法陣に気付いて小さく会釈する。


「どうぞ、こちらへ」


 三人が中に入ると、すぐさま別の受付に案内された。居心地の良い別室で少し待たされて国王の呼び出した人物であることの確認が取れたのか、ようやく先に進むことが許された。


(随分と奥なんだな…)


(そうだね)


(アストリアのときもそうだったぞ)


(厳重だね)


 案内する治癒師が手の甲の魔法陣をかざして扉を開ける。風が吹き付けてきた。


「外からの病原菌を持ち込ませない為です」


 治癒師が静かに告げる。同じことを三度繰り返して、ようやく目的の部屋が現れた。案内を終えると治癒師は去ってゆく。開いた扉の先には国王陛下がゆったりと座っていた。


「お久しぶりでございます。国王陛下」


 ブリジットが臣下の礼を取ると国王は告げた。


「身重の身体にその態勢は辛かろう。楽にしてよい」


 ところが立ち上がったブリジットの体型を見て国王は眉をひそめた。


「腹の子はどうした?置いてきたとは言わせぬぞ?」


「…信じがたい話かとは存じますが、我が妻の腹に今は宿っております。蔦の盾なれば、造作もないことでございます」


「僕とジュディスの間で起きたことと同じことをしただけです。セシル兄さんは元気ですよ」


 レイの言葉に国王は難しい顔をした。


「…セシル…それすらにわかには信じがたいことだというのに。まったく次から次へと驚かしてくれる…ジュディス!」


 突然大股にオーブリーが近付いてきたのでジュディスは何事かと顔を上げた。


「酷い顔をしているな。やはり、奴の首を刎ねるべきだったか…」


 オーブリーはジュディスの右頬に触れて無意識のうちに癒しの魔力を流していた。


「…これで今日は五人目だよ…色んな人の魔力が混ざって流れてる…変な感じ…」


 ジュディスはクスリと笑う。


「…いつの間に殴るより癒す方が上手くなったんだ?」


 ジュディスの軽口にオーブリーは眉間にしわを寄せた。


「そういうことを言うなら、これから怪我をする度に王宮を抜け出して癒しに駆け付けるぞ?」


「お父さま、国が傾くから止めて下さい。ジュディスは僕が責任を持って守りますから」


「レイ、守れずに怪我をさせた上に…婚儀の前に初夜まで済ますなどと…お前はいつからそんなに軽々しい行いをするようになったんだ?」


 自分と目線が同じになった息子にオーブリーは小言を言い始めた。


「ああっ!その話を始めるとキリがないから…!私が無理矢理レイに頼み込んだんだ。そうしてくれって。レイはちゃんと結婚するまで待つつもりだったんだよ。だからレイは悪くないんだ。でも私が望んだことだったから…」


 傍らのジュディスの言葉にオーブリーは明らかに驚いた顔をした。レティシアには伝えたつもりだったが、思い違いでもあったのだろうかとジュディスは首をひねる。


「ところで…ジュディス…今…その身体では…幾つになった?」


 オーブリーは不意にジュディスを見下ろして静かな声で尋ねた。


「十四くらいだけど…どうして?」


「そう…か。いや…そういう関係に進むこともいずれはあるとは思ってはいたが…レティシアですらレイを出産したのは十六の歳だ。それでも難産で大変だったんだ…お前はまだ身体も小さいから…その細腰で出産に耐えられるのか心配になっただけだ…」


「オーブリー…」


 不意にジュディスは名前を呼んだ。大柄な相手を見上げる。レイよりも分厚い堂々たる体躯だ。確かに今の自分の姿では心もとないように映るのだろうと思った。


「随分と…まともなことを言うんだな。シリルはさっさと孫を作れとうるさいくらいだったのに。大丈夫だよ。レイは分かってるから…私にまだ子を産む覚悟が出来てないってことも。だから、ちゃんと…妊娠しないように…してくれてる…そうなんだろ?だからあのとき卵も引き受けてくれた…」


 後半はレイに向かって言った。レイは困ったように眉を下げた。


「…ジュディス…バレてたんだね…そうだよ。その辺は…気を付けてる。南に行く前にジュディスに余計な負担をかける訳にはいかないからね。そういうことです…」


 再び後半は国王陛下に向かってレイが言う。


「そうか…分かった」


 オーブリーは重々しく頷いたが内心ではホッとしてもいた。少女らしくなったとはいえ、細いジュディスの手足を見ると不安だったからだ。ジュディスを襲って角に触れた補助講師をオーブリーは危うく殺めるところだった。フレディに止められなければ間違いなく息の根を止めて家門も取り潰していただろうと思った。


「それよりも、今日は第二王女ジェイレンさまの件で呼び寄せたんだろ?もしかして…混ざったどころじゃ済まなかったってことなのかな?」


 ジュディスの言葉にオーブリーは嘆息した。


「やれやれ、何なんだ?その勘の鋭さは?」


「…だって…過去になかった訳じゃない。羽化の守と王女の名前をかけ合わせた前例は…一つの身体に二つの心が入った状態で生涯を過ごした始祖の第四王女の記録にも残っていたし…」


「ちょっと待ってくれ、ということは、つまり…」


 ブリジットが目を見開く。


「あぁ…本人が目覚めるのにも時間がかかったし、目覚めてからもしばらく混乱していて会話が噛み合わなかったから…気付くのが遅くなったのだが、ジェイレンの中には…ジーンと羽化の守のエレン、両方の人格が存在している…身体は朽ちてしまったが…エレンの魂を亡くなる直前に…ジーンがその身体に取り込んでしまったようなのだ」


 国王の言葉にブリジットは思わず口元を押さえた。ジュディスがそっとその背中を気遣うように触れる。


「それと…もう一つ同じく容態が安定しなかったこともあり…長らく公には出来ずにいたが、ジーンだったときに王女はご子息の子を身籠っていたんだ。今は臨月で、いつ生まれてもおかしくはない…」


 ブリジットは瞠目した。が、とうとう顔を覆って泣き崩れる。


「会ってやってもらえるか?」


 ブリジットは頷いた。


「僕たちは後で入ります」


 レイが遠慮して言ったが、ブリジットは涙を拭って、二人の顔を見た。


「いや、一緒に入ってくれ。私はエレンにとっては…正直なところ、いい母親とは言い難い…ほぼ喧嘩別れのような状態で、あの子は家を出て行ったんだ…だから、実はどんな顔をして会ったらいいのか…分からないんだ」


 照れたようなブリジットの顔をジュディスは不思議そうに見上げた。


「珍しいな?ブリジットがそんなに気弱な台詞を言うなんて。親とはそういうものなのか?」


 ジュディスが手を伸ばしてブリジットの頬に触れる。そうしてニッコリと笑った。


「…もしかしたら、第二王女さまにも気持ち悪がられて私は追い出されるかもしれないけど、そういうことなら一緒に入るよ。レイもだぞ?半分精霊なんだ、きっと妙な気配を感じると思う…弟を変な生き物にした責任を取れと言われたら正直なところ困るな」


「そのときはそのときだよ…なるようにしかならない。お姉さまは昔から優しかったから…多分大丈夫だと思うけど…」


 レイは苦笑した。そんな二人の顔を見てブリジットはやがて意を決したように病室の扉を叩いた。

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