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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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理性との葛藤

「まったく…シリルったら、急に点数稼ぎをし始めるんだから。どうせするならもっと早くすれば良かったのに」


 ヒューバートの隣でくつろいでいたアウレリアは拗ねた子どものように口を尖らせた。そうしてヒューバートに腕を絡めてもたれかかる。人前でこんな堂々と、とヒューバートは焦ったが、いつの間にかブリジットの隣にもアドリアーナが寄り添っていて親密そうに囁き合っていた。自分が気にするほどではないのかもしれない、とヒューバートは思い直す。先ほどシリルを連れて行った第八王子が戻ってきてジュディスの肩を抱くのが視界に入る。第八王子はジュディスの額に口付けをしていた。モリス教授が魔術騎士科の講師たちにベンジャミンを紹介しているのが見えた。庭は薄ぼんやりと光っていて幻想的だった。この美しい光の正体があの夜光カタツムリだと知っていてもヒューバートはそう思う。


「どうしたの?ヒューバート」


「いえ…なんだか、現実味がないなと…何故僕はここにいるのか不思議に思ったんです」


「あら、現実よ?」


 そう言ってアウレリアはヒューバートの顔を覗き込む。新緑の瞳がキラキラと輝いていた。


「ねぇ、キス…してもいい?」


「えっ?ここで?それは…」


 けれどもヒューバートの言葉はアウレリアの唇に塞がれて、その先を続けることが出来なくなった。ヒューバートは目を閉じる。甘くて柔らかい、と思った。


「あら、どうしたの?そんなに真っ赤になっちゃって」


 アウレリアは小さく笑う。


「南では挨拶みたいなものよ?」


「…だって…初めて…なんです、こういうことは」


 まるで乙女のように恥じ入るヒューバートの言葉にアウレリアは目を見張った。そうして何故か感動したかのようにヒューバートを急に抱きしめる。


「あら、そうだったの。もっと早く言ってくれたら良かったのに。じゃあ…もしかして…今まで…女性と付き合ったこともないのかしら?」


 ヒューバートは赤い顔のまま頷く。


「この歳で…って思いますよね。自分でもそう思いますから。でも…何の経験もありません」


 言いながらヒューバートは更に赤くなって俯いた。不意にモリス教授が言っていたことを思い出す。南の女性は積極的なのだと。


「嬉しいわ。じゃあ私、あなたの初めてになれるのね?そんな顔しないで。まずはゆっくりキスから始めましょ」


 ヒューバートの頭を撫でてアウレリアは優しく微笑んだ。



***

 


 やがて、モリス教授は沈黙の間の方へ向かい、ウォードは帰ってゆく。強面の料理長は戦い方までが凄まじいのだと、ヒューバートは先ほど知ったばかりだった。料理長は厨房と給仕を手伝っていた女性とその子どもを家まで送るようだった。ところがそのとき寮監がぐったりした女生徒を一人連れて突然現れた。


「すみません、今日は友人の誕生会をしていたらしいのですが…急に具合が悪くなってしまって」


 ブラッドウッドが頷いて女生徒を抱えて足早に屋敷に戻って来る。アリシア、と呼ぶ声が聞こえた。


「あの子も…今、二次成長期なのね。私もそうだけれど半魔って人にも魔族にもなれないから、どの群れにも入れない半端者っていう意識が抜けないのよね。何年何百年経ってもそう。私は稀少種にもなれないし魔族にもなれない。だから無理矢理自分の居場所を作るしかなかったのよ…」


「それが…もしかしてアウルム商会?」


 ヒューバートの言葉にアウレリアは頷く。


「そうよ。最初は私みたいな半端者の寄せ集めの集団だったの。でも今ではそれなりに商会としてやっていけるようにまで成長したわ。私がダメにしてしまったあの香辛料も新しい物を送らせたから安心して。それと勘違いしないで欲しいのだけど、私はすでにあの状態で、農園の品物に手を付けてしまった。あの怪我は南で拷問されたせいなの。彼らは正気を失って暴れる私を閉じ込めただけ」


「そう…だったんですね…」


 ヒューバートはアウレリアの腕に触れる。表面上はかなり治ったように見えるが、身体の奥深くはまだ傷付いているような気がした。気付けばヒューバートは癒しの魔力を流していた。


「…バレちゃったのね。でもありがとう。楽になるわ」


「僕の血を飲んだら変わりますか?」


 ヒューバートの言葉にアウレリアは驚いたように目を見張る。


「…いいの?嫌じゃない?」


「魔族のことをモリス教授に詳しく教えてもらったんです。だから少しは理解できたこともあります。血を飲んだ方が回復も早いって…」


 ヒューバートはアウレリアの手を取って立ち上がる。


「部屋に行きましょう。僕の血を飲んで下さい」



***



 ジュディスとレイはテラスのソファーにいたが、ヒューバートとアウレリアのやり取りを聞いていた。正しくは聞くつもりはなかったのに聞こえてしまった訳だが、ジュディスの表情にレイは思わず笑いそうになってしまった。


(なんでそんな苦々しい顔してるの?)


 声に出さずに会話する。


(だって、少女みたいな見た目だけどアウレリアは一応私の叔母なんだぞ?それが何百歳も歳下の雛を誘惑してるところを見ると…こんな顔にもなるだろ)


(雛ねぇ…僕は初々しいヒューバートさんの反応が新鮮でいいと思うけどね) 


 二人がやがて階段を上って姿を消すとレイはジュディスの肩を抱いたまま言った。


「ジュディスも…居場所がないって感じてた?」


「うん…?いや…逆だな。なんでここに縛りつけられてるんだと思ってた。ずっと逃げ出したかった。オーブリーに攫われて…色々と滅茶苦茶だったけど…足枷(あしかせ)が外れて…今はようやく居場所が決まった…」


 ジュディスはレイを見上げて銀色の髪を撫でた。


「レイの隣が…私の居場所だ」


 レイは嬉しそうに微笑んでジュディスをきつく抱きしめた。


「可愛いことを言ってくれるね。嫌だって言っても逃さないよ?僕はこう見えてしつこいからね?」


「逃げないよ。それに逃げるときは…レイも道連れにするから」


 そのとき二階で悲鳴が聞こえた。二人はハッとして顔を見合わせる。瞬間移動をすると、部屋から慌てて出てきた様子のブリジットと鉢合わせた。


「今のはアリシアの声だ!」


 ブラッドウッドとアリシアのいる部屋の扉を叩くと、中からブラッドウッドのくぐもった声がした。


「入っても大丈夫か?」


 ジュディスの声に一瞬の間の後、お願いします、とブラッドウッドが答える。


「必要なら私も呼んでくれ」


 ブリジットは扉の外で待つようだった。レイもブリジットの隣に立つ。頷いてジュディスのみが入ると、アリシアはベッドの中に入っていた。布団を被っている。顔だけ出したアリシアは動揺していた。


「アリシアどうした?」


「…ジュディス…私…どうしたらいいの?」


 ジュディスがそっと布団をめくるとアリシアの頭と首以外の身体はすっかり溶けて輝いていた。


「あぁ…こうなっちゃったか。ここまでになるとブラッドウッドも溶けちゃった方が早いんだけどなぁ…」


 硬い表情で顔で立ち尽くしているブラッドウッドをジュディスは手招く。


「…無理か?キスして理性なんか吹き飛ばしてしまえば楽なんだけど…真面目だからなぁ。あぁ、そうか。ちょっとレイ、入ってきて」


 アリシアに再度布団をかけたところでレイが入ってきた。


「…どういう状況?」


 レイにアリシアの身体が溶けていることを伝えて、ジュディスはおもむろにヘッドドレスを外した。


「これでブラッドウッドの理性を飛ばすから、レイ、いつもみたいに触って」


「えぇ…!?ちょっと…なんて乱暴な使い方するの!でも、仕方ないか…先生は四角四面に真面目だから」


 諦めたようにレイは言って、ジュディスの角をぺろりと舐めた。そうして指で角の周りをゆっくりと撫で始める。程なくしてジュディスの顔は赤くなり呼吸が乱れてきた。その途端に甘い香りが部屋中に広がった。


「…っ!」


 ブラッドウッドは目を見開いてジュディスを明らかに欲望の眼差しで見つめたが、レイが牽制するかのようにジュディスの角に口付けをしてその身体を抱いた。有角種の複数の夫にも明確な優先順位が存在する、というのを古い書物の中から見つけた学院長に教えてもらっていて助かったとレイは思った。気迫で押し返す。ジュディスの夫は自分だ。退け。


「ブラッドウッド先生の彼女はそっち」


 ブラッドウッドはゆっくりと首を巡らせ己の欲望と葛藤するかのようにしばらくアリシアを見つめていたが、突然獣のような動きでベッドに飛び乗り荒々しく布団を剥ぎ取った。ブラッドウッドの服を突き破り、驚くアリシアの目の前で背中に大きな翼が生える。ブラッドウッドの身体に魔族特有の模様が現れた。まずい、そちらの本性が目覚めたかとレイが慌てたとき、アリシアに覆い被さったブラッドウッドは瞬時に溶けて輝いた。


「レイ…うまく…いった…のか?」


「う…ん」


 ジュディスはやっとのことでベッドドレスをつけ、ふらふらしながらレイと共に部屋を出た。


「おい、大丈夫か?」


 ジュディスを抱きとめた扉の外のブリジットがレイの様子もおかしいことに気付く。


「着火剤…も…楽じゃないよ…」


 赤い顔のまま呼吸を荒らげたジュディスが言って突然レイに抱きつくと人目もはばからずに口付けをし始めた。


「おいおい、ここで始めるのは止めてくれ」


 ブリジットはやっとのことで引きずるようにしてジュディスとレイを寝室に押し込む。


「師匠…すみません…」


 まだ呼吸を荒らげたままのジュディスを胸に抱いて、レイは苦しそうにブリジットを見た。


「いや…羨ましいような、そうでないような…。確かにゾクゾクする香りだな…本能とはまた厄介なものだ」


 ブリジットはいつものように二人を茶化したりはしなかった。


「良い夜を」


 ブリジットは短くそう言い残して部屋を出て行った。

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