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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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エルデの帰還

 やがて皆で集まっての夕食が始まる。今日も厨房は忙しかった。最近はアマロックも魔術騎士科の補助講師として顔を出しているので何かと慌ただしい。そして今日は客人もいて、更に屋敷に滞在する者も増えた。


「病人食が増えたり減ったり…かと思えばまた魔族だ。まったく…ここが王立学院の中だとは信じられなくなってくるな」


「賑やかで楽しいじゃないですか」


 クスクスとエステルは笑う。エステルは最近笑顔が増えたとアマロックは思った。二人の距離は徐々に縮まりつつあった。


「エステルは何でも楽しめるんだな」


 アマロックは豚肉のソテーにかぶりつく。


「今日ね、僕、剣術の先生に褒められたよ!型がしっかりしてるって」


「あら、ウォード先生のお陰かしら。良かったわね、エリアル」


 エステルとエリアルと共に厨房のテーブルで食事をしている時間がまるで家族の団らんのようになりつつあった。エリアルも剣が上達してきて、小等部でも虐められなくなった。何よりも苛めっ子に追われていたエリアルを強面のアマロックが抱き上げたことで、エリアルの新しい父親が屈強で恐ろしい人物だという噂がまたたく間に広まり、それを機に苛めっ子たちもすっかり怯えて余計なちょっかいをかけなくなった。噂をアマロックもあえて否定はしなかった。


「ねぇ…僕はもっと強くなりたいんだ。アマロックさんみたいに」


 食事の終わったエリアルがアマロックの膝の上に座って笑う。子どもがいたらこんな風なのかとアマロックは思った。これまでは想像したことすらなかったが悪くない。やがてウォードとブラッドウッドの鍛錬の時間になった。エリアルはそれを眺めて相手の次の攻撃を予測するのが好きだったが、最近はモリス教授たちの打ち合いにも興味があるようだった。


「モリス教授、次は私といかがでしょう?」


 ウォードに声をかけられて、ジュディスとの打ち合いを終わらせたばかりのモリス教授は汗を拭いながら苦笑した。以前なら断るところだが、最近は講義の合間に密かに鍛えている。モリス教授は頷いた。


「それなら、お手柔らかに願いたいわ」


 モリス教授とウォードの打ち合いが始まる。珍しい組み合わせに思わずジュディスとセオも手を止めて二人の打ち合いの方に集中した。ウォードは突然、水の魔力も放って攻撃する。モリス教授もそれを受け止め炎で捻じ伏せながら反撃に出た。渾身の力でぶつかり合った剣を前にどちらもそれ以上は譲らず、二人はその場で踏みとどまる。


「モリス教授…!」


「…なに…かしらっ!」


 けれども二人は瞬時に足元に異常な気配を感じ取り、慌てて飛び退った。

 二人が剣を交えていた地面が突如として盛り上がり巨大な何かが姿を現した。盛り上がった地面に足を取られたモリス教授は尻もちをつく。


「いったい、なんなのよっ…!?」


 見上げるほどに高い木と岩のような姿はレイの契約精霊のエルデだった。その肩に何匹もの夜光カタツムリが乗って光っている。幻想的ではあるが、少し恐ろしい光景にも見えた。


「エルデ…おかえり」


 レイが声をかけるとエルデは手を伸ばして七歳のエリアルと同じくらいの大きさの何かをそっとレイに向けて差し出した。まるで亀裂の入った石の塊のようだった。


「主さま…私の伴侶を…どうか目覚めさせてやって下さい」


「うん、分かったよ」


 レイは人差し指を切って一滴血を垂らす。だが何の変化もなかった。何かがおかしい。レイは次第に不安にさいなまれながら口を開く。


「エルデ…そういえば…どうして…僕を呼ばずに…連れて来たの?」


 レイがエルデを見上げると、エルデは小刻みに揺れていた。静かに泣いている、とレイはそのときになってようやく気付いた。やがてその深い悲しみがレイの心にも伝わってきて、レイは感情を激しく揺さぶられた。


「エルデ、彼女はどこにいた?まさか…」


 駆け寄ったジュディスがエルデを見上げて厳しい顔をした。


「分かっています…彼女は…主さまの血でも…目覚めない」


 しゅるしゅるとエルデは小さく縮んで悲しげな瞳でジュディスを見上げた。


「南の血を引く奥方なら…かの地の砦で行われた蛮行を…ご存知のはず…」


「あぁ…知っている…我々の傲慢さが招いた悲劇だ、すまない、エルデ…許してほしいとは言わないが…償わせてほしい」


 ジュディスは灰色の石の塊にも見えるその身体にそっと触れた。間違いない。彼女は南の砦の守りとして使役された精霊の一人だ。血に染まった南と西の国境の大地に縫い留められ彼女は力尽きた。かつて南が所有していたその土地は今はエテルネル王国が所有しているが浄化も追いついていないのが現状だ。おそらく彼女はそこに埋まっていたのだろう。


「精霊の…核を取り出してもいいか?彼女は私が引き受ける…とても小さくなってしまうが許してくれ」


「形が変わっても…構いません…もしも…もう一度…話すことが叶うなら…」


「レイ、手伝ってほしいんだ。目を…貸してくれ」


 ジュディスはレイの片手を握って石の塊に触れた。


「あった…」


 ジュディスは掌から光る蔦を出す。灰色の石の塊の中からジュディスが慎重に取り出したのは濃い緑の、けれども濁って輝きを失った石だった。


「核には幸いにも傷がなかった…責任を持って預かる。すまないがしばらくの間待っていてくれるか」


 ジュディスはエルデの葉にそっと触れる。葉が揺れてエルデは地中に消えた。恐らくエルデ自身も消耗しているはずだ。ジュディスはレイの顔を仰ぎ見た。表情が固い。


「レイ、私がしばらく…目覚めなくなっても待てるか?」


「えっ?ジュディス、ちょっと待って、何をする気なの?」


 レイが慌てた。ジュディスの瞳が陰っている。


「私の…南方王朝の王族の責任だからな。この石を飲んでしばらく浄化する。なに、夢の中ではきっと会える。だから心配するな。必ず起きるから」


 けれども、そのとき横からジュディスの手を止めた者がいた。シリルだった。


「我が飲もう。若いお前はやることも多いのだろう?眠っている時間も惜しいじゃろう。なに、ジジイは食って寝るのも仕事のうちじゃ。これでも副神官長じゃからの。浄化なら我に任せろ」


 ジュディスの手から核を半ば強引に奪い取るとシリルは止める間もなくゴクリとそれを苦しそうに飲み込んだ。そのままシリルはすぐに気絶するように眠り、崩れ落ちるのを慌ててレイが抱きとめた。


「な…」


 ジュディスは呆気に取られて深い眠りに落ちたシリルを見下ろす。意外にも穏やかな顔をしていた。


「寝室に運ぶよ?」


 レイがジュディスに言うと、ジュディスは小さく頷いた。そうしてその場にへたり込む。


「なんなんだ…いきなり…らしくないことを…するな…」


 いつの間にか近くに来ていたリュイがジュディスの横に屈んで言った。


「…副神官長さまはね、ジュディスの前だとなかなか素直になれないって言ってた。だからね、僕、言ったんだよ」


 リュイの顔を不思議そうに見たジュディスは、どことなく稀少種の血に親近感を覚える。いつの間にか少年はすっかり少女に変わっていた。自分と似ていると思った。リュイは優しく微笑んだ。


「言葉や行動で示さないと黙って見ているだけじゃ伝わらないよ、って。ブリジットから教えてもらった受け売りなんだけどね」


 部屋の奥で紅水晶の実を食べていたブリジットとジュディスは目が合う。その向かいで同じ実をつまんでいるフロレンティーナが立ち上がってこちらに向かって歩いてきた。


「ジュディス、何を呆けてるのよ。彼もたまには父親らしいことをしてみたかったのよ」


 フロレンティーナは急に何を思ったか、ジュディスの口に紅水晶の実を含ませた。


「な…すっぱい!!」


 ジュディスが叫んで顔をしかめた。


「あら、この味は分かるのね」


 フロレンティーナがクスクスと笑うとジュディスはやっとのことで飲み込んでから言った。


「角が生えてから…前より味覚も戻ってきたんだ…よくこんなすっぱいもの食べられるな」


「あなたもそのうち分かるわよ。妊婦にとってはこれがとっても美味しいの」


「…あまり…分かりたくないような…」


 気付けば隣のリュイもフロレンティーナと一緒に紅水晶の実をせっせとつまんでいた。


「さっぱりしてて美味しい!」


 リュイは少女の顔で笑った。自分のお腹にもし子どもが宿ったら、こんな風に屈託なく笑えるのだろうか。まだそこまでの自信はないなと、ジュディスはひっそりと思った。それを分かっていたからこそ、レイは卵を自分で引き受けたのかもしれない。ジュディスは自分の伴侶がレイで本当に良かったと思った。

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