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9話


「じゃあ、なんで浮気したの?飽きたから?スリル?なんで?」


秋斗は聞かれたくない質問だったのか、私を見ていた視線を逸らして下を向いた。

あぁ、だんまりか。どんな理由だって納得はできないだろうが、なんだか落胆したような気持ちになった。

少し期待していたのかもしれない、大切だと愛しているというのならば私だけを特別だとする証拠がどこかにあると。私も秋斗から視線をそらした。


「……重いって、奈津の負担になって捨てられたくなかった」


「……え」


でも、秋斗は絞り出すようにぽつりと言葉をこぼした。

予想外の言葉に私は逸らしていた視線を再度秋斗に戻した。

相変わらず下を向く秋斗は知りたかった心内を吐露してくれる。

5年以上一緒にいて初めて聞く本音だった。


「奈津にとって完璧な恋人・夫でいないといけないのはわかっているけど、本当はもっと束縛したり、わがまま言いたくて、それで苦しくて、不安で、他の人と遊ぶと一時的だけど気がまぎれたんだ。重たくてどろどろした感情を奈津にぶつけないですむって。その、他の人間なら正直壊してもいいやって思ってた。一緒にいればいるほど奈津の好きが重くなって、遊ぶ相手も増えていった。ごめん、もう絶対に他の人とは会わない。本当にごめんなさい、なんでもする、だから僕のこと捨てないでほしい……」


秋斗は子どものように泣いていた。しゃっくりをあげて、身を小さくして、ごめんなさいと繰り返していた。

私もいつの間にか泣いていた、だってあの5年間の私の気持ちが一切伝わっていないことが悲しくて虚しくて、何だかやるせない気持ちになったのだ。

秋斗の手をそっと掴み、落ち着かせるようにトントンと優しく叩きながら私の正直な気持ちを伝える。


「秋斗、私はね、あなたが完璧なところが素敵で隣にいたんじゃないわ」


飾り気もない、誰であろうと理解できる直球すぎる言葉で。

秋斗はそんなことを言われると露程思っていなかったのか目を可愛らしくまん丸にした。あぁ、もっと早くこの言葉を伝えていたら私たちの関係はこんなことにならなかったのだろうか。


「あなたがただ好きだったの。あなたが重たいことも、わがままなのも知っているに決まっているでしょ。すぐに拗ねちゃうくせにどうして私が気がついていないと思っていたの?不安だったら、苦しかったら言ってほしかった、私にぶつけてほしかった。他の女の子じゃなくて。ねぇ、本当に覚えてないの?そのままのあなたでいいって色んな言葉で言ったこと。拒んで壁を作ったのはあなたなのよ」


「デートをしたときに、あなたは体調が悪いのに私が行きたいところだからと無理をしようとしたじゃない。体調が悪いときは無理をしないでほしいって、そんなことで嫌いにならないって言ったよね」


「仕事で重要なプロジェクトを任されて眠れなくなったあなたとココアを飲んで夜更かしをしたこともあったわよね。あなたならきっと大丈夫だけど、失敗をもししてしまった時は二人で遠くに引っ越しをして新しくやり直すのも面白いかもなんて話もしたよね」


「私が男の人もいる飲み会にいくとき、不安なくせして何も聞かないで無理して「楽しんできて」なんて言ってくれたよね。不安があれば教えてほしいって言ったけどあなたは「ないよ」って作り笑顔をしていた。だから飲み会の最中に帰る時間も連絡したし、帰る前とかこまめに連絡したの」


「休むのが下手なところも、不安になりやすいところも、嫉妬深いところも全部知っているよ。全部好きだったの。あなたの本心をもっと聞きたかったけどあなたはいつも壁を作って誤魔化した」


秋斗は「完璧な自分を求められていなかった」ことにやっと気が付いたのか呆然としていた。驚きからか涙まで止まっていた。


「……知ってたの?」


「うん、付き合う前から知っていたよ。あなたの完璧じゃないところ、凄い凄い好きだった。近所のスーパーの七夕のお願い事、いつも秘密って言ってたでしょ。毎年、秋斗がもっと本音をいってくれますように、って書いてたの」


私の言葉が届かないくらいあなたは余裕がなかったのね。

あなたが安心して本心を出せるまで待つつもりだったけど、あなたが自分の手で私たちの関係を壊した。


「っ、ごめん、本当にごめんなさいっ」


嗚咽をあげて、私に縋りつく。その声は後悔という感情が溢れでていた。

あなたがあと一歩でも勇気をだして私にぶつかってくれれば未来は変わっていた。

いや、私にだってもっとできることがあったかもしれない。

でも、これが私たちに訪れた未来なのだ。


「離婚したくない、奈津と一緒がいい、一緒にいたいっ」


「ごめんなさい、もうあなたのこと愛していない、信用もできない。私にはあなたと一緒にいる未来が見えないの」


「愛していなくていいから隣にいてほしい、次こそは絶対に大切にするから」


「それをどうやって信じろっていうの?私はあなたとやり直す気がないわ」


あなたが誤解していたのもわかった。数日前ほどの恨めしいという感情も少し落ち着いたのも事実。でも、じゃあやり直しましょうとはなれない。私は困り顔で彼を諭すしかない。


「退院して元気になったら話をするつもりだったんだけど、少し話を聞いてくれませんか……」


「……聞くだけよ?」


「聞くだけでいい、少しでも奈津に誠意を伝えたいんだ」


秋斗はもっていた鞄をゴソゴソと漁ると色んな資料をベッドの端に広げだす。

一体何をするつもりなんだと訝しげな表情をしながら私も資料を覗き込む。


「まず賃貸契約した」


「ちょっと待った」


え、じゃないの、いきなり何?今世界線変わったりした?

今浮気による離婚問題の話をしていたよね。

急に頭を痛いな。頭を抱えている私をよそに秋斗は自由に話し始める。


「この契約した賃貸だけど奈津に住んでほしい、当分の賃貸は僕が払うし、家具とかも準備進めている。もし、もう一度僕とやり直してくれるなら僕もそこに引っ越しする。浮気した家は嫌かと思って……」


そういって賃貸契約の資料や引っ越し先の間取りの資料を上目遣いで渡してくる。

あー!もう!ずるい!こっちのハードルを余裕で超える提案はやめてくれ、ガードできてないんだよ。

しかも、物件を毎日探してた人間にはクリティカルヒットなんだよなぁ。


「まぁ、助かるけど……」


渡された資料をぱらぱらと流し見をするが、めっちゃいい立地で心が動く。

自分現金すぎる。いや、でも、この物件は良すぎるのが悪い。

どうやったらこんな物件見つけられるの?私探してもなかったんだけど。


「あと、スマホの銀行口座アプリ見てほしくて」


「……なんでですか」


「慰謝料振り込んだ、奈津を苦しめた比にはならないけど、せめてと思って」


秋斗は私の通勤カバンごと持ってきてくれていたのか、そこからスマホを出して渡してくれる。

私は恐る恐るスマホを受け取った。

怖いよ、もうやだよ、この人たまに突拍子もないことするの忘れていたと内心ビビり散らかしながら口座アプリを開くと残高が私の知らない額になっていた。

噓偽りなく「ひぇぇ」とふざけた声が出た。


「300万って多くない!?」


「多くないよ」


「多いんだよ!?」


なんでこっち側が値切ろうとしてんだよ、訳わからん。

慰謝料の相場を先日確認はしたけど300万は多かろう。

この人貯金をしっかりしているのは知っていたが、ぽんと300万振り込まれているのは流石に怖い。怖すぎる。


「後は……」


「もう大丈夫です!もういいです!」


これ以上はお腹いっぱい、インパクトが大きすぎて正直気持ちをぐわんぐわん揺さぶられている。冷静になる時間がほしくてストップをかけてしまう。


「嫌だ!まだ2つあるから聞いて!」


「うっす」


普通に拒否されたが。まだ2つもあるのか、私は消化できるか?

この人はわかっててやっているのだろうか。

いや、多分わかってないよなぁ、暴走しているだけな気がする。


読んでいただきましてありがとうございます。

明日も投稿いたします。

ここまでのお話をお楽しみいただければ幸いです。

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