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1話


私は夫大好きっ子だ。

突然の自己紹介ならぬ自白で申し訳ない。

でも、私を一言で表すに相応しい言葉だった。


夫の名前は神崎秋斗、私は奈津という。

付き合ったのは5年前。恋人として3年付き合って、結婚して2年。

そう短くない時間を共にしている相手。愛しい人かつ信頼できる大切な相棒なのだ。

5年はお互いに健全な信頼関係を築くには十分な時間であった。

別に特段私のメンタルが強いわけではない。

メンタルは普通だし、何ならあの見た目と性格で放っておく女がいないと理解もしているので付き合った当初はエブリデイ不安!秋斗の守護霊になって女を跳ね除けたいぜ!という感じだった。

そのせいで喧嘩もたくさんしてしまった、そういう不安も乗り越えてきたから「秋斗は私を裏切らない」と今は彼を信じることができた。

勿論、自分磨きも怠らずにしており、素敵な女の子でいるために努力もしたと自信も持てていることも理由の一つだ。


秋斗は私が好きだというフィルターを外したとしても、とてもかっこいい人だった。

甘いマスクと言えば伝わるだろうか、まるで王子様といわんばかりの顔をしている。

背丈も高く、すらりとした体躯、女である私も僻みたくなるような色白な肌。

サラサラの髪の毛に、優しい声。

絵本から出てきました?とインタビューしたくなるくらい。

付き合っても、何なら結婚しても他の女の子が色めき立つので、今や流石すぎるなと玄人顔で頷いている。


なのに、見た目に負けないほど性格もこれまた素敵で最高だった。

性格はおっとり、ちょい天然の物腰柔らか。属性盛りすぎって私も思ってます。

小さな変化にも気がついてくれて、それを言葉にしてくれる。

好意や感謝を言葉で伝えあえる。

趣味や食事について気が合う。

一緒にするゲームが楽しい。

くだらない話をすることが幸せで。

好きなところを上げだせば、きっと止まらないくらいに好きであふれていた。

だって短所だって愛おしいから、なんだって好きなところになってしまうのだ。


まぁ、個人的ベストワンは頑張って完璧でいようとしているところが可愛くて好きです。

5年経つけど未だに私の前でも完璧でいようとするので、お腹を出して爆睡できるくらいに気が緩めればいいなぁと毎年七夕でスーパーの短冊にお願いしている。


夫大好きっことは言っているものの、勿論重たくならないように公にはしてない。

若干、少し、辛うじて、溢れてしまうことがあるけど、秋斗からは面白れー女、くらいで流されている。よしよし、そのまま気がつくな!

園児の姪っ子には「奈津ちゃん、秋くんのこと最推しなんだ!」と言われた。

夫を推している……?結婚していて、大好き以外にも?愛とは奥が深いな。言葉は浅いが。





そんな夫ラブ100%の私でも一瞬で目が死に、一気に冷めることもある。


いくら大好きでもやってはならないことがあるのを夫はご存知なかったようだ。

恋人・夫婦間での不文律、いや民法でガッツリ記載されている100%アウト!やめような!と言われていること。


お気づきかもしれないが「浮気」だ。

あいつ、やりやがった。


こないだの結婚記念日ではそろそろ子どもも欲しいなんて話もしたばかり。

この人となら楽しい家庭が作れると甘い夢を抱いた。

仕事から帰って、夫と子どもが出迎えてくれる想像をしてにやけてしまうくらい私は本気にしていた。


でもそれは過去の話。

もうそんな夢をみることができなくなってしまった。

夢は夢で現実は違うらしい。

でも、全てがまやかしだと思わないじゃないか。






「秋斗、少しいい?」


こういう話の切り出しはいくつになっても慣れないもの。

仕事から帰ってきた秋斗と食事を終えた後に話を切り出した。

まだお風呂に入っていない秋斗はワイシャツを着ていた。

今まではふわふわした部屋とのギャップがあって、きりっとしたこの姿が好きだったのに、何も感じなくなっていた。

私は何も悪くないのに何だか罪悪感があって正直緊張をしている。

先ほどの食事は味を感じられないほどといえば伝わるだろうか。

今日は人生の区切りの日になるかもしれない。

いや、しなければならない。

生唾を飲み込んで神妙な顔をしている私に只事ではないと感じたのか、ソファでくつろいでいた秋斗は姿勢を正して私の方に視線を向けた。


「話ってどうかした?……まって、ねぇ、結婚指輪はどうしたの」


秋斗は私の左薬指にいつもの結婚指輪がないことに気が付いたらしい。

こういう細かい変化に気がついてくれるところも好きだった。

話の内容のあたりがついたのかどこか硬い表情になった秋斗に私ははっきりと答えた。


「指輪は捨てたの」


「な、なんでだよ!」


「あなたと離婚するつもりだから」


「笑えない冗談はやめろっ」


そんなに顔色が悪いんだから、冗談じゃないことくらい理解しているでしょ。

まぁ、このまま冗談で流されても困るのは事実。

既に記載をした離婚届を秋斗に差し出した。

離婚を言い出される理由ぐらいわかるよね、と思うせいで表情は酷く冷たいものになっているだろう。


「冗談じゃない、本気だから」


「突然何なんだ」


「突然じゃない、3週間前から考えていたの」


「離婚する理由がないだろ!」


「あるに決まってるでしょ。もう知ってるから、あなたが浮気していたの」


「っ~~、君の早とちりだろ、この話はもう終わりだ!」


見るからに落ち着かなくソワソワとしているくせに誤魔化せると思っている秋斗に勝手にため息がでてしまった。

早とちり?勘違い?馬鹿じゃないのか。

どうしてそんな言葉で誤魔化せると思っているのか不思議で仕方ない。


「悪いけど証拠があるから」


ソファから立ち上がり、逃げるように寝室に向かう秋斗にスマホを向けて動画を流す。

ぎょっとして振り返る秋斗の顔色は悪かった。

それはそうだろう、”私以外の女と秋斗がこの家の寝室で繋がっている”動画だから。

冷めきった部屋に場違いな甲高い女の喘ぎ声と淫らな水音が響いている。

よくもまぁ、この家によその女を呼ぶことができたもんだ。

そんな度胸があるなら離婚くらいどうってことないでしょ。


「これでやっと理解できた?早く離婚届に記入してもらえる?」


余程ばれていない自信があったのか秋斗は何も言えずに口を開閉させている。

まあ、実際に”秋斗の証拠隠滅”は完璧だったので浮気に気がついていなかった。

でも、相手の女はいい性格をしているらしい。勿論皮肉である。

再度状況を理解させるつもりで顔の目の前に記入済みの離婚届を見せつければ、このまま本当に離婚になることを漸く理解したのか私に必死に謝りだした。


「っ、ご、ごめん、本当にごめん、あれは遊びで、本気じゃなくて」


「遊びだろうが、本気だろうがどうでもいい」


「話をきいて!気の迷いで、本当だから」


「話を聞いても変わらないから」


「まって、本当にごめん、反省してるから考えなおして!」


いつもの穏やかさは見てとれないほど必死になって縋りついてくる。

腕をきつく握り、ぼろぼろと涙を流して私を引き留める。

じゃあ、なんで浮気したの。

そんなに必死になるならどうして裏切ったの。

泣きたいのはこっちなんだけど。

手を振りほどいて私は秋斗に背を向けた。明確な拒絶だと理解して。


「やめて、もうあなたとは一緒にいたくないの」


「お願いだからっ」


「新しい家を契約できたらすぐ出ていくから。今すぐ出ていきたいけど生憎今は春だからウィークリーマンションとかも空いてないのよ、ごめんなさいね」


「まって、本当に奈津だけが好きで、まって!」


結婚して早2年。

こうして私たちの関係には修復できないほどのヒビが入った。




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