存在
男は暗闇の中で目覚め、先程見ていた夢を反芻した。それは捉え所のない夢であったが、男には何か意味があるかのように思えた。
今は何時だろうか、そう思い男は聞き耳を立て手掛かりを模索した。外から微かに鳥の声が聞こえる。朝かも知れないと感じた男は何より昨晩からの空腹を覚え、外を探る事を決めた。
ライトを求めて腕を動かし、手が硬い感触を感じたのでそれを引き寄せる。男はライトのスイッチを入れて点灯させた。明かりはコンテナ内を照らし、男が眠りに落ちた状態から変わらないようだった。男はバリケードに用いた木箱をどけて扉の針金を外し、外の様子を伺いながら扉をゆっくり開けた。
陽光が男を照らし、眩しさを感じながら男は外へ出た。男の思った通り、日は昇っている。朝日を浴びながら、男は今日の算段を立てた。まずはこのコンテナを拠点として周囲を円形に回りながら周囲の状況を把握しよう。そして、何より食料を見つけないといけない。これ以上、空腹が続けば早晩動けなくなる。
そう考えて男は動き始めた。まず、森の探索には武器がいるとし、取り回しの良い木材を拾ってメスやコンテナのひしゃげて尖った部分を用いてヤスリがけして尖らせ、男は服の袖を一部切り裂いて持ち手として巻きつけ即席の槍を作った。
その後、コンテナの中にある木材と針金で簡単な十字架のようなものを複数作って男は窪地の底から縁まで這い上がった。男は縁の周囲を回りながら手近な木の枝を見つけては等間隔に十字架をぶら下げた。窪地の直径は凡そ20mはある事から骨の折れる作業ではあったがこれで目印は出来た。
男はこの目印が視界に入る範囲で窪地から離れて周囲の探索を始めた。男は槍を両手で構えつつ、警戒しながら進んでいく。この森で男を見つめていた存在が勘違いでない可能性があるからだ。そんな中、男は微かな音に耳を立てた。男は窪地の十字架を都度確認して視野に収めながらその音の鳴る方へ向かっていった。男の願った通り、それは小さいながらも本当の川であった。周囲が安全か確認しつつ、男は昨晩に泥水を啜った同じ方で水を飲み渇きを潤した。
ひと心地着いた男は川縁から静かに水面を観察した。数刻の後、水面下に魚影が現れた事が狩りの始まりを告げた。男は見よう見まねで川縁から狙いを定めて槍をさしたがかすりもしなかった。それを数回繰り返した後、男は方策を改めることにした。
男は革靴から紐をとり、拝借してきたメスを先端を石で叩き、小さな破片を手に入れて靴紐の先端に結びつけて釣竿とルアー代わりにしたのである。男は槍を片手に釣り糸を垂らし、静かに待った。水面下の魚は陽光に煌めくメスの破片に興味を持ち近づいてきた。その瞬間、男の集中力は一気に高まり、突き出した槍は見事に獲物を捉えていた。その後、男は調子づき続けてもう1匹得ることが出来た。
男は日が暮れる前にコンテナの窪地へと獲物を持って戻ることができた。男は魚を調理する為、コンテナの中で火口になるようなものを探した。目についたのは顕微鏡のような機械についた半球のガラス部である。男は急いでこのガラス部を取り外し、コンテナの外へ出た。そして、陽光に晒し集光できる事を確認した。
半球ガラスと予めメスで木を削って準備したブッシュクラフトを用い、男は試行錯誤した。暮れる太陽との格闘であったが炎という形で男は勝利を手に入れた。削った木を串がわりに内臓を取り除いた魚を突き刺し、焚き火にくべた。パキパキと火は爆ぜり、魚に焼き目がつく頃には男の空腹が頂点となった。男は魚についた多少の灰をものともせず、それに喰らいついた。二匹目も瞬時に平らげ、その日の糧に心から感謝した。
陽が落ちる最中、男は焚き火に魅入られていた。完全に日が暮れる前に男はコンテナの中へ撤収しようと頭では分かっていたが、身体は言うことを聞かなかった。
男は泣いていた。一度流れ出した涙を止めることは困難であり、その原因を解決する術を男は持たなかった。そこから目を背ける為、一時的なものと信じる為、前向きに行動してきたが提示された残酷な事実は男の心を決壊させた。
どうしてここにいるのか、
これからどうすべきか、
自分がどこの誰なのかも、
男には分からなかった。