遺跡
男が待てども自身が転げ落ちた所から彼を見つめていたと思われる視線の主は現れなかった。男はそれで緊張の糸が途切れ、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。また、男は隠れていた物体に寄りかかり、集中していたお陰で忘れていた疲労が遅れてやってきて肩で息をしなければならなかった。
男「一体何だったんだ、俺の勘違いだったのか?」
男は天を仰ぎ見て呼吸を整えた。暫しの休憩の後、体力が回復してから自分の状況を整理した。そこは森の屋根が一部途切れた窪地の底であった。最初は川だと思ったが、それは川でなく窪地に雨水が溜まっただけの地形だったようである。
その後、男はこの風景に異彩を放っている物へ目をやった。その物体は赤茶系で錆ている事から金属らしい事がわかり、その金属板は波打っている。男はそこまで観察して大きくへしゃげてはいるものの海運などで使用されるコンテナとわかった。
男は空を見上げた。コンテナの上に樹木はなく、その領域のみ光が差し込んでいる姿を見て、東南アジアの森に鎮座する遺跡のような印象から男は神秘性を見出した。周囲に目をやると樹木がコンテナの下敷きになっており、ここが窪地である事から何らかの理由でコンテナが森のこの場所に落下した結果、地形が形成されたと推察した。
男は再度、コンテナが鎮座する底に歩み寄り雨水の水溜りに駆け寄った。まずは匂いをかぎ、多少の泥臭さは感じるものの飲めなくはないと判断し、男は両手を合わせる形で少量の水を掬い取り口に運んだ。一杯飲んではもう一杯とけして美味いとは言えない水を何度も口に運んだ。ひとしきり飲んだ後、男は満足したかのように息をついて呟く。
男「これで何とか命は繋いだが、次はこっちだなぁ」
そう言いながら男は自身の下腹部をさすった。その後、男は当然ながらコンテナに目をやり周囲を見て回り、幸いな事に男が隠れていた反対側で搬入扉を見つけた。男はその扉を閉じている大きな蝶番のような部分についたレバーに手をやり力一杯動かそうとした。扉の蝶番は落下した際の衝撃で固定が緩んでおり、男の手力で開けはしないものの何とかなりそうだと感じた。
男は周囲の散乱した樹木に目をやり、取り回しがしやすい一本を選び出し、素振りをしながら蝶番のレバーに狙いを定めた。一回目は大きく外し、扉を叩き鈍い金属音が周囲に響いた。男は気を取り直して二回目、三回目と木を振り下ろしてその度にコンテナーのレバーは物悲しくキーキーと音を鳴らし、その後の複数の殴打で最後の抵抗虚しく叩き折られ地面の水溜りに沈んだ。
男は壊れた蝶番に手をかけてヒンジを開こうとした。錆びついており、落下でひしゃげている為に可動部が干渉しあいスムーズではなかったものの、コンテナは男にその秘密を曝け出すかの如く内部へと至る扉を開け放った。