視線
男は森の中に入り食べ物を探していた。
足元は小さな葉を実らせた背の低い植物が生い茂り、
地面の姿は容易に窺い知れず男は蛇や毒虫の存在を恐れ
不安を覚えた。また、低い植物だけでなく曲がりくねった樹木は男の背丈の倍以上の高さがあるものもあり、覆い被さるかのように大きな葉がついた枝が森に影を広げている。
男は警戒しながらも歩を進め、森の中を分け入って行った。その際にも樹上の果物や足元に木の実の一つも落ちてやしないかと視線を上下にして探していたが見つからなかった。
男は脳裏で焦りを感じながら後ろを振り返りつつ、かなり後方の辛うじて見える砂浜からの明かりを再確認した。これ以上進んで砂浜を見失う危険を犯し、森に進んで良いだろうかと内心で葛藤していた。今の時刻はわからないがいずれ日は落ちる。その際に森で方角を見失い彷徨う事を男は恐れた。しかし、空腹だけでなく飲み水も探さないといけない。
そんな折。次の一歩を進めようとした瞬間、背中に視線を感じて寒気を覚えた男は歩みを止めた。視線の主は男の一挙一足を見つめているようであり、蛇に睨まれた蛙のように微動だに出来ない中、静謐な空気がその空間を支配した。男の心臓はその空気と反比例するかのように激しく脈動していた。
振り返りたい気持ちと振り返った事で合間見える何か恐ろしいものを男は想像し逡巡したが、背後の方角から草木を踏みしめる音が聞こえた瞬間、その音はレース開始の合図となって空間をサーキットと変え、ギアをトップに入れた男は走り出していた。
駆ける事で樹木の枝が顔に擦り傷が増やしたが、男はそんな事も意に返さず数十mは駆け抜けた。しかし、眼前の障害物に集中していたのが仇となり、自身の足元の支えが消えた事に気づくのが遅れるのは仕方ない事であった。足元の地面は急斜面となっており、男は転げ落ちていく。
転げ落ちた先は濠のようになって川が流れていた。男は転げ落ちた後に背中を強かに打ちつけたが、痛みを噛み締める余裕もなく立ち上がる。
荒い呼吸をしながら自身を受け止めた構造物を背にする形で回り込み、転げ落ちて来た方向をその物体から顔を出し、自身の背後から追ってくるであろう存在を男は待ち受けた。