猛禽
嵐の中を飛ぶ2機のオプスレイ、ハリアーが護衛しつつ露払いを兼ねて先導する。
機内ではパイロットと交信を終えた大柄な兵士、分隊長が傭兵達に作戦の概要説明を行なっていた。レイスは説明を反芻する。とある島に上陸して探し物をする。探し物が見つかったら、連絡してピックアップしてもらう。ただ、それだけの任務。だが、それで終わるはずはない。ティーンエイジャーよろしく、楽しいピクニックや山登りを俺達にさせる為に大枚をはたく馬鹿はいない。
レイス達を束ねる分隊長はエンジンの轟音に負けないようがなりたてながら紙を配る。探し物は装飾が施された小さな缶詰のようなものだが、詳細は伝えられない。色はほぼ黒に近い青のようだが、元の色かどうかは画質も粗く判別がつきづらい。まあ、俺たちは猟犬らしく飼い主が投げたものを尻尾を振りつつ取りに行く。そうすれば飼い主がエサをくれるって寸法だ。貰えなければ噛み付いて鉛玉で御礼をする、傭兵稼業ではそれが流儀だ。レイスは渡された宝島の地図を懐に押し込む。
レイスは周囲を見回す。ナイフを持て遊ぶ者、目を瞑ってる者、真面目に説明を聞いてる者と様々だ。プリーストも最初とは打って変わって今は狸寝入りだ。正規兵と違ってまるで統率というものが感じられない。どいつもこいつも社会の枠に収まる事ができず爪弾きになった挙句、流れて辿り着いた場所は飯場であり賭場だ。だが、賭けるのは金なんてちんけなものじゃない。俺たちが持ってるチップは命、しかも一枚と来たもんだ。その割にレイスも含めた傭兵達を気怠い空気が支配するのはとうの昔に頭のネジが飛んで狂っているからだ。ここにいる死んだような顔でも生きている連中はそれなりの修羅場を潜り抜けている者達だと言う事。そして、戦場という熱狂だけが俺たちを生き返らせる。
「サー、こんな紙切れでお探しのイースターエッグは見つかるんですかね」
ガムを噛みながら金髪をオールバックにして後ろで束ねた傭兵というより男娼か女衒のような男が口にした。その瞬間、分隊長は機内の振動をものともせず器用に金髪へ近寄ったかと思うと、その口を万力のような手で塞ぎつつ締め上げながら言葉を続けた。
「いいか、色男。字を書くのにも苦労するお前達の事だ。地図を読むなんて芸当はとてもできんだろう。そこで、お前達にはこの受信機を渡す!これを辿ればお前らを天国まで昇天させてくれる女神の股にダイブできる」
そう言って、金髪を座席に勢いよく放り投げる。文字通り空気が遮断されていたようで、粗く呼吸をした後に悪態をついた金髪は分隊長に睨まれ黙りこんだ。座席に固定されたケースを開き、分隊長が取り出したそれは受信機というより精巧な金属細工のようであった。内部には水晶が嵌め込まれ、持ちやすいようにチェーンが付いている。不思議な事に金属細工は機内の激しい振動にも関わらず、チェーンを軸に回転する事も無ければ揺れる事もなく完全に停止しているように見えた。見間違いだろうか。まるで、周囲から隔絶されたような、それでいて見ている者を惹きつけてやまない存在感がそこにあった。兵士達は魅入られたかのように目前のぶら下げられた存在を見つめる、それはレイスも例外ではなかった。分隊長が続ける。
「分かったら、その小汚い耳の穴をママのあれよろしく、ヒクヒクさせながら聞け!そして、蛆が湧いてるようなお前達の頭にも分かるように、装置についてレクチャーしてくださる方がいる。傾聴しろ!」
機内の轟音を除いて声を上げる者はいない。溜まりかねた分隊長が大声で怒鳴り声を上げる。
「博士!」
その声で教師に叱責された学生のように、座席からばね仕掛けの人形のように飛び上がった。困惑するかのように周囲を見回す姿を見て分隊長は舌打ちをしながら件の装置を指で叩く。博士とやらはそのジェスチャーを見て慌てた挙句、手持ちの資料を取り落としそうになる。その姿は本当に小柄な学生にしか見えず、サイズの合わない捲り上げた迷彩服を着込んでいる為、そのアンバランスさが一層際立っている。海藻と見間違うような癖の強いブルネット髪が分厚い瓶底眼鏡にかかっている。何とか体勢を立て直し彼女は話し始めた。
テレビの倍速再生が流れている。レイスがそう勘違いしてしまう程、女博士の喋るスピードは異常に早かった。
「量子エンタングルメント理論を用いて設計され次元を超えた物体との・・・量子暗号鍵を用いて・・・従来のSFでいう・・・テレポーテーションと比較すると・・・量子リピータを先取りした・・・」
彼女のスピーチを聞いてる者は誰もいなかった。というより聞き取れたところで理解できる頭を誰も持ち合わせていなかっただろう。彼女の話よりエリア51のエイリアン牧師が話す聖書の説教の方がまだ頭に入るだろう。
「空間の歪み・・・遺跡から発見・・・精錬・・・はずがない・・・欠片・・・宇宙、海・・・そして、」
そんな様子を見て業を煮やした分隊長が博士を遮った。まだ、話し足りなかったような彼女は遮られた事が不満であり不貞腐れたようだった。だが、レイスは最後の一言だけは聞き取れた。
「闇」
鋭い頭痛と共にレイスは輸送艦で見た記憶が呼び起こされるような感覚に襲われた。
「とにかく、コイツを持って対象に近づけば共鳴する。具体的には・・・」
と分隊長が言いかけた途端。突如、金細工の中の透明な水晶が怪しげな赤い光を放ち、高いピッチの音が機内を満たした。その後、眩い光が薄暗い機内を明るく照らし出すと共にエンジンの轟音とは別の爆発音が機内に鈍く鳴り響く。振動とは別の衝撃が大きく機内を揺らす。周囲を見まわし動揺する傭兵達。
分隊長は衝撃でよろめきつつ、怒鳴り声を上げながらヘッドセット越しにパイロットと会話しながら操縦席へ消えていく。機体中央部にいる兵士が身をひねって丸窓を覗き込みながら声を張り上げる。
「外に何かいるぞ!」
再度、強い衝撃が機体を包み込み機内が大きく振動する。レイスは声を張り上げた兵士が覗き込む丸窓からかろうじて何か巨大な翼を持った生物の姿を垣間見た瞬間、悪魔が黒板を引き裂く勢いで爪を引けば鳴るであろう金切り音が機内を満たした後、今度はジェットエンジンのハイピッチの音と共に対照的な重低音の機関砲の咆哮が続く。機体は急激な気流の変化に乱高下しつつ、機体が悲鳴を上げて軋む最中にアラームが鳴り響いた。
爆音と共に機体が引き裂かれ、頬を撫でる風から機外へ投げ出されている状況をレイスは感じとった。眼下には厚い雲が広がっているが急速に距離は縮まり、その雲を抜ける際も雷雲が奏でる唸り声を聞きながら高度が下がるのを感じる。束の間の自由落下で雲を抜け、漸く視界が開けた。眼下には鬱蒼とした森が広がっている。ここが当初の目的地なのか、それとも全く関係がない場所なのか、レイスには定かではなかったがそれを気にする時間は無かった。
機内で装備していた緊急パラシュートを展開。急激なGを耐えつつ一呼吸置いた矢先、目線の先には同じようにパラシュートを開いた兵士が見える。その男はこちらを見て騒ぎながら銃を向けて発砲してくる。それを見たレイスは操縦索を巧みに操り回避する。その射線から狙いが自分で無かった事を知り、高高度から落下する金切り声の主が気流の轟音をかき消してレイスの真横を通り過ぎて行く。
その勢いで錐揉み状態に陥ったレイスが眼に捉えたのは応戦虚しく断末魔の悲鳴を上げながら兵士を飲み込む巨大な猛禽類のような生物であった。ライオンのような鬣に見える触手がうねっており、捻じ曲がった嘴は中世の異端者の口を切り裂く拷問器具のように三方向に開閉しており、周辺の空に投げ出された兵士達を丸呑みしている。なんとか肩のナイフを抜き出し絡まったパラシュートの索を切断して錐揉み状態から脱したが、地上は迫り眼下に広がる樹木まであまり距離は無い。予備パラシュートのハンドルに手をつけようとした矢先、再度金切り声が背後から聞こえ首を垂れ股下を覗く。例の猛禽類が羽を畳んで降下する姿が見え、此方へ向かって来る。
周囲に自身以外のツマミは無いと自覚し、レイスは舌打ちをしつつ、ハンドルから手を離し追跡者と同じく再度落下体制に入った。両者が降下体制に入り、地面への距離が迫る中、レイスの目指す先は森の間をうねる川があった。川底が浅かったらそこで運の尽き。考える暇はなく、森を切り裂く川を滑走路に見たて姿勢を入れ替えた。川が目前に迫り、予備パラシュートを再度開傘、最低限の減速をした後にナイフでパラシュート切り離す。
レイスは川の流れに身を投げ出した。




