福音
頭が割れるように痛み、男は悪夢にうなされていた。
男は遺跡の中にいる。それは人為的に出来たモノか自然の産物なのか判別が困難であった。それらは建造物のようでありながら禍々しい鋭角で構成されており、そこに迷い込んだ者を威嚇し捕えんばかりであった。
塔のような建造物もあり、それらは海で拾う巻貝のようであった。それらには装飾が施されているが蛇か何かの生物の触手が巻きつき鉱石となってしまったような紋様であり、それは暗褐色で滑りを帯びている。まるで生きているかのように見えるそれに男は触れる事を躊躇い恐れた。遺跡は薄暗く、海の底のようであった。
さらに遺跡は巨大であった。そこに棲まうモノは人の存在を認識していないかのようであり、男の認識を超えて畏怖を覚えるものであった。
男は出口を求めてこの巨大な迷宮を彷徨う。そんな男の耳に何かが近づいてくる音を感じる。男は歩を早めるが、追跡者の音は次第に近づき徐々に距離が縮まっていくのを感じる。また、追跡者が奏でる足音は何かが床を這いずり回るような名状し難い嫌悪感を感じさせた。
男は気づくと半円上の広場に飛び出し、次の行き先を求め周囲を見渡し恐れ慄いた。その光景はこの遺跡が間違いなく自然に出来たものではない事を伝えていた。広場の天井は巨大な天蓋で覆われている。その天蓋を支える複数の柱、それらは彫像であったが異質であった。
生物を模したモノである様だが、これがどのような場所に存在する生物なのか男には見当もつかなかった。そして、この彫像の元となった生物と同じ時と場所を共有しない事、男はそれを心から願った。
彫像の体躯は暴虐を孕むかの如く四肢は野太い。何より体は蛇や軟体動物の集合体である。何より恐ろしいのはその体躯の至る所に様々な生物が触手に絡めとられ苦悶の表情を浮かべ、その体躯の頂にあたる人でいう双眸の箇所に嵌め込まれた紅い鉱石から捕らえた獲物に対する愉悦と嗜虐を浮かべるように感じる事であった。その視線は今、男に狙いを定めている。この彫像らに捧げられた贄達が奏でる断末魔の叫びによる残響がこの瞬間、天蓋の下でこだまする幻聴で男は気が狂いそうであった。
一刻も早くこの場から離れなければならない。しかし、それが出来ない。何故なら、男の周囲を取り囲む全ての通路から追跡者の這う音が聞こえた。唯一の逃げ場は男の目前に聳え立つ他の通路より一際巨大な裂け目、いや門であった。
その門の奥は漆黒で見通す事は出来ない。男はここを潜ったが最後、二度と青空の元で陽光を浴びる事は無い事だけは分かった。周囲で這いずる音が止んだ。男は耳でなく身体で地の底にある冥府からの地鳴りを聞いた。この穢れた地底を踏み締め、この饗宴の玉座へと這い出る福音を。
闇の主が彼の門から到来する。




