曙光
忌まわしきその存在はその渇望のままに蹂躙する。
歯向かう者は全て屠り、痛め付け、喰らう。
全ては贄であり、捧げられる定め。
そう、父であり母である海に。
レウェラが腕を振うたび、血飛沫があがり血肉が周囲に飛び散る。タニーワはレウェラの暴虐的な力の前になすすべなく、圧倒的な暴力の奏でる低音とタニーワの咆哮は徐々に断末魔の叫びの高音となって二重奏を奏でた。
タニーワは抵抗虚しく不可視の力を失い、トアの前にその姿を徐々に表していく。レウェラの圧倒的な膂力でその体躯は大きく引き裂かれ、骨は砕かれ、臓物が曝け出されている。原型は崩れているものの、その異形は明白であった。その姿は鱗に覆われて水掻きを持ち、その二対の眼は大きく飛び出し瞼はなく、虹彩はモアナの底の如く、暗く深い。唇は分厚く、口は耳まで裂けて弓矢の鏃のような歯が所狭しと並んでいる。本来、耳がある場所は鰓の様な物も見えた。その姿はカイウ・イカ、タンガタとモアナの呪われた落とし仔のようであった。
目前で繰り広げられる悍ましき行為。しかし、トアはレウェラがタニーワを屠る姿に魅入られていた。凄惨な血の饗宴が次第に神聖な祭壇へと代わり、自身の顔に飛び散る肉片がついてなお心躍っていた。そして、それはトアの中で確信へと変わった。これはレウェラではない。我々を救う真のアトゥア、モアナトゥアだと。
モアナトゥアは贄であるタニーワを暗い夜に掲げ、肉塊となったそれを引き裂き、血は奔流となって周囲を血に染め上げた。トアは気づいた、次の贄は自分だと。タニーワだったモノに興味を失い、トアの前にその巨体が音もなく屹立していた。モアナトゥアは両の腕を広げ、トアはその姿に陶酔して前へと進み出た。瞬間、トアは腰に力が加わるのを感じる。
「トア!駄目だ。しっかりしろっ!何をするつもりだっ!」
そう言ってカンガはトアの腰にタックルして歩みを止めようとするがまるでトアは意に介さない。
「俺は呼ばれている、モアナトゥアに俺は選ばれた・・・モアナに俺は還らなければならない」
「ふざけるなっ!あれはモアナトゥアなんかじゃない!お前が帰るのはモアナじゃない!」
「・・・邪魔をするな」
そう言って、トアはカンガを軽々と持ち上げ投げ飛ばした。カンガは後ろへ放り投げられ、強かにその身体を打ちつけた。
「クソっ!なん、何だ・・・身体が」
カンガは立ちあがろうとするが、身体の自由が効かない。トアはモアナトゥアに歩み寄る。カンガはその忌まわしき姿が変化し、幾千もの腕のごとく枝分かれしトアへ纏わりつこうとするのを見た。カンガは力を振り絞り叫んだ。
「それ以上、行くな!戻れっ!・・・トアァァ!」
最初は聞こえていたカンガの声も徐々に遠くなり、今は聞こえない。身体の痛みも消え多幸感が包み込む、モアナトゥアの抱擁がトアを包みこむ。カンガはモアナトゥアがトアを呑み込もうとした瞬間、後光が差すのを見た。夜が終わりを告げたその時、モアナトゥアが咆哮を上げた。トアは覚醒し現実に引き戻され、目前にある蠢く壁の存在を前にして一足跳びに後方へ下がった瞬間、トアのいた場所にモアナトゥアが腕を振り下ろし間一髪で避ける事が出来た。
「大丈夫か、トア!」カンガがトアを横から支える。
「ああ、すまない」
「全くだぜ、散々心配かけやがって。お前に何かあったらパトゥンガに合わす顔がねぇよ」
モアナトゥアはその場でのたうちまわり咆哮を上げて周囲を破壊するが、その力は徐々に弱まっていった。陽光を浴びた箇所から煙を上げ、幾千も纏わりついていたナカーヒが森の中へ黒い奔流となって姿を消していく。ナカーヒが1匹残らず消え去り、朝日が周囲を照らしモアナトゥアが居た場所に残ったのは一糸纏わぬタンガタ、あのタウハウであった。タウハウはタニーワの血溜まりの中で膝から崩れ落ち、倒れ臥した。
男は朦朧としながら二人の人間が支え合う姿を見て意識を失った。




