大戦争準備
エルフレアをアビスに追い出された木陰は、アルミリアに建てられた魔王城に移動した。
エルフレアにいた時は阻害を使用し、滅ぼす者のスキルを限界まで抑え込んでいた木陰だったが、魔王城の玉座に腰掛けた木陰は、阻害をやめてスキルを解放した。
木陰が阻害をやめた理由は、阻害した所で意味もないし疲れるからなのだが、スキルが解放された事で、世界はより深い絶望に包まれる事となった。
大騒音の中眠っていた聖女はその瞬間には目を覚まし、騒音を響かせていた神社達も、その瞬間には沈黙し、全員が同じ場所を見た。
手足を喪った英雄は歩みを止める事はなかったが、歩みの速度は本人が気付かないだけで遅くなっていた。
最後の調整に入った勇者は、全身を蠢く不快感と共に心を閉ざしながらも、殺意の刃だけはより強く磨き続けた。
そして、エルフの女王アビスは、憂いを帯びた表情で魔王を見つめていた。
木陰が滅ぼす者となった際、アビスはユグドラシルと共に、エルフ達を護る結界を再構築し、木陰を追い出した。
追い出すといっても、無理矢理ではなく交渉を使ってなのだが、改めてその行動は間違っていなかったのだとアビスは確信した。
あのまま木陰が留まっていたなら、エルフレアは血の海に沈んでいた。
木陰が何もしなかったとしても、滅ぼす者のスキルは周囲を狂気に走らせる。
初めて会った時から、歴代屈指の魔王ではあったが、まさか歴代最凶最悪な魔王になるとは考えてもいなかった。
こうなる事を知っていたら、初めて出会ったあの日に殺していた。
「などと思うのは、むしかよい話じゃな」
アビスは苦笑する。
そもそも例え知っていたとしても、殺しはしなかったと思う。
知っていれば殺っていたなどという、単純で短絡的な結論がつまらない事もそうだが、木陰と過ごした日々は楽しかった。
あの日々をも殺すというのは、単純に勿体ない。
「こふっ。覗きをしながら独り言とは、実に気持ちが悪いの」
「一人の時間が長かった者は、独り言を語りだすもの。これは仕方のない事だよ」
「今のお主等が魔王だったら、三秒で消し炭にする事を選んでおったな」
「こふっ。三秒も悩んでくれるとは、優しいではないか」
「それで、どうするんだい?僕達なら三秒で消し炭にできても、アレはその領域にいない」
「策はある。心配するでない」
そう。策はある。
木陰は歴代最強の魔王で、歴代最悪のスキルを保持している。
ただ、そんな木陰と長年旅をしていたアビスは木陰の性格というものを凡そ知り尽くしていた。
こんなスキルを保持していたとしても、木陰は怠惰で、自ら世界を滅ぼすために動く事はない。
木陰はビビりではあるが、すべてを見抜く鑑定眼を持つ事で、自身が誰も及ばない最強の存在に成った事を理解もしている。
そして何より、アビスやエルと敵対する事を望まない優しい心を持っていた。
故に魔王木陰は不動。
こちらが準備を完璧に整えるまで、いや整えてからでも動かない。
「ただ、木陰とて馬鹿ではないから、多少の小細工は必要であるがの」
「こふっ。そのための、わしら老人会というわけかの」
「察しが良いではないか」
「こふっ。で、この老人に何をさせる気じゃ?わしが最も天塩にかけて育てた孫を殺した魔王には、一矢も二矢も報いてやるつもりじゃからの。この老体、多少の無茶は効かせるぞい」
「僕は、程々の無茶でお願いしたいな」
「お主等に頼むのは、世界最強の武器と防具の確保じゃ」
「それは、勇者の装備の事かい?」
「あれよりも狂った性能を持つ、狂った武具の事じゃ」
「こふっ。そんな物があるなどと、噂ですら聞いた事ないぞい」
「最近できたからの。じじい達に噂として届くには時間が浅過ぎるわい」
「?」
アビスの言葉にデニスとパラディスは顔を見合わせた。
「酔狂者が魔王のために拵えたゴリゴリに呪われた呪具じゃが、デニスであれば恐らく問題あるまい」
「君が断言しないのは、少々怖いね」
魔王のために拵えた呪具という部分よりも、恐らくという部分にデニスは引っ掛かりを覚えた。
そして、恐らくという不確かな部分を補わせる目的でパラディスがいる事も、デニスに恐怖を助長させた。
「こふっ、わしは保険かの」
「御明察」
「こふっ。わしに使わせるなら、お主も覚悟せいよ。アビス」
「デニスがなんとかする」
「責任重大というわけだね」
「くくっ。片道切符は用意してやるから、死なずに戻って来い。最終決戦はやはり派手な方が良いからの」
アビスは笑い、即席での転移魔術を構築した。
旧魔王城跡地であり、オーバーロードが封印されている場所に座標を特定し、デニスとパラディスの二人を転移させる。
木陰がオーバーロードを持てば、世界は間違いなく終わる。しかしこちら側がオーバーロードを持てば、木陰がこれ以上の化け物になる可能性を摘む事が出来る。
例えデニスが回収出来なかったとしても、相対的に戦力アップを見込む事が出来た。




