勇者
何秒、何分、何時間、何日、何年そこにいるのか、一瞬だった気もするし、永遠だった気もする。
今分かるのは、それがようやく終わったという事だった。
とても苦しい思いをしていた気もするが、何がどう苦しかったのか以前に、何があったのかすら今は思い出せない。
思いだそうとすると、頭にモヤのようなものがかかり、すべてをかき消してしまう。
何も思い出せない。
あるのは、魔王に対する憎悪だけだった。
魔王をこの手で倒す事ができたなら、憎悪と同時にこのモヤモヤも晴れてくれるだろうか。
頭が痛い。
気持ちも悪い。
原因はすべて魔王にある。
魔王殺す。
殺したい。
殺す。
アイルは天を見上げる。
そこには憎しみの根源である魔王があった。
殺そう。
今すぐに。
「駄目じゃあないか。勝手に動いては。君は僕のマリオネットなんだよ?」
「…はい」
雲の隙間から太陽の光が差し込むように、すっと言葉が入ってくる。
この声に従ってさえいれば良い事だけは知っているアイルは、動きだそうとしていた体を静止させ直立する。
「そう。それで良い。僕の可愛いマリオネット」
「はい。ベリルト様」
アイルは返事をし、声の主であるベリルトの名前を口にした。
頭がモヤモヤとする。
ガサガサと気味の悪い音が、耳の奥で響く。
口内から漂う腐ったドブ川のような臭いが鼻を刺激する。
頭も心も体も、至る所が違和感だらけになっている。
それでもアイルは、目の前にいる気色の悪い生物の言葉に付き従った。
すべてが間違った世界の中で、それが唯一正しい事だから。




