英雄
ドラゴンは天を見上げた。
千里眼も万里眼も持たないドラゴンの目には何も映らなかったものの、遥か彼方にいる魔王の存在を、ドラゴンは認識した。
手も足も出なかった時よりも、遥かに恐ろしい強さを感じる。
「正真正銘の化物になったのう」
「俺なら倒せる」
「その体でか?」
「動くのなら、問題ない」
左目を失い、鼻も耳も焼け落ち、口や皮膚は爛れ、指は千切れ飛び、腹や胸には穴が空き、至る所の骨が折れ、皮膚を突き破っていたが、気力は万全だった。
今一度リーズと戦って勝てと言われたとしても、ドラゴンには遂行できる自信があった。
「今のお主なら、死してなお牙を剥きそうじゃ」
魔力を使い切り、白旗を上げたリーズはうんざりしたように言う。
逃げても逃げても、悪質なストーカーよりも執拗に追ってきたドラゴンを、リーズは何度も倒し回復阻害の呪いまで付与した。
しかし結果は、どこまでも追い掛けてきたし、技まで冴えてきた。
勇者の武具を持たないドラゴンに残機はない。それでも今のドラゴンは不死身の様相をていしていた。
好色の英雄と呼ばれた美しい顔も、今や醜く朽ち果て、生きているかさえ疑わしいゾンビのように見える。
間違いなく生きてはいるのだが、リーズからみてドラゴンは既に死んでいた。
既に死んでいるにも関わらず、世界を離れる事なく喰らいついているのは、死ねない理由があるからに他ならない。
ドラゴンは魔王に目の前で、大切な者を殺されていた。
ここまでの無茶をして生きていられるのは、復讐心と自身の不甲斐なさに心を焼いたからだった。
「世話になった」
「世話したんじゃから、借りは返しに来い。美女千人で手打ちにしておいてやるわい」
「…」
ドラゴンは無表情のままリーズの元を去っていく。
生きて帰って来いと遠回しにに伝えたつもりだったが、勝っても負けても二度と会う事はないのかもしれない。
「ここまで執念深くストーキングしておいて、一度殺ったらぽいとは、腐れ外道と変わらぬではないか…」
リーズは「はぁ」と息を吐いた。
魔力は空っけつで、体も空っけつ。
ドラコン同様、生きているのが不思議な状態にリーズはあった。
このまま死んだら、ドラゴンの持つ槍に呪いとして宿ってやろうかと一瞬考えたが、そんな事に無駄な時間や体力を使うのなら、待たせている美女達の元に帰る方がよほど有意義だと考え直す。
考え直した所で、死ぬつもりなどリーズには毛頭ないのだが。
リーズは死ぬときは美女に囲まれて死ぬと決めているし、リーズを殺すのも男ではなく美女でなければならないとも考えていた。
こんな汚い場所で男に殺されるなど、リーズの生涯設計にはない。故にここでしばし眠る事があったとしても、リーズが死ぬ事はなかった。




