苦悩②
千里眼を使い、クレーターの中心にいる魔王を確認する。
魔王は相変わらずそこにいた。
何を考えているのか、まったく分からない魔王。
サーチや鑑定のスキルも相まって、多くの者を一目見ただけで、理解してきたベルフェルにとって、魔王はまさに異質だった。
その異質な魔王は今、誰も近付かせないためか、あらゆるスキルを周囲に撒き散らしている。
その中であってベルフェルが震えたのは、召喚のスキルによって呼び出した魔族を、自らの手であっさりと葬り去った事だった。
あまりの出来事と一瞬の出来事で目が眩んでしまったが、召喚され殺されたのは、魔王派筆頭のベンナムのように見えた。
魔王を四六時中見張っているわけではないから分からないが、魔王派が魔王と接触していないのは、魔王によって召喚され、殺されているから。などという事はないだろうか?
「…っ」
万里眼のスキルを持つ魔王と一瞬目が合った気がしたベルフェルは、すぐに魔王から目を反らし、転移を使って自室に逃げ込んだ。
恐ろしいと思う。
格上と呼べる存在に今まで殆んど会って来なかった事も相まって、ベルフェルの体は震えが止まらなかった。
あんな化物を倒す。
一体どうやって?
『分からないのであれば、沢山考えてみるのは如何でしょうか?』
「…!」
脳内に直接声が響いた。
念話とは違う異質感。何より声の主をベルフェルは知っている気がした。
『随分と怯えているようですが、それは誕生した魔王に対してでしょうか?それとも私に対してでしょうか?』
「何者だ?」
『それについても、沢山考えてみるのは如何でしょうか?貴方は考える事が得意そうです』
「…」
ベルフェルは沈黙する。
思考をする事は確かに得意だ。
あらゆる事を画策し、今まで生きてきた。
人族の長達と裏で繋がりを持ったのはベルフェルが最初であり、魔王や勇者が何度代替わりしようとも、しぶとく生きながらえてもきた。
結果今では、ベルフェルよりも古い記憶を持つ魔族は一人もなく、魔族の生き字引となっている。
生き抜くに必要な事は知識とそれを利用する知恵だとベルフェルは考えていた。そして得てきた経験から、あらゆる事象に対応する知識は十分に蓄えてきたと自負してもいる。
魔王の傑出した強さと、多くの部下を失った事で長らく錯乱していたが、十分対応する為の知識は蓄えてあるのである。
『良い考えは浮かびましたか?』
「浮かばはいが、それは今すぐにはといっただけだ。きちんと世界で、あの魔王を滅ぼしてやる。神に誓ってな」
『それは、とても楽しみです』
頭の中に響いていた声が消える。
何をしに現れたのか、といっても声だけだが、は分からないが、お陰で冷静さを取り戻す事ができた。
ベルオールにした命令も白紙だ。
適当に作ったわけではないが、錯乱していた事もあってか、計画の詰めが甘い。ここばかりは人族の審議の長さに感謝だな。
だが、かといって我々にどれ程の時間が、残されているのかは分からない。
魔族は既に決壊状態にあるし、召喚によって魔族を消していっている事を鑑みれば、多くの時間が残されていると考える方が、不自然だろう。
「…魔王は、我々四天王を殺さなかった」
理由は分からないが、魔王であれば四天王を含め、あの場にいた魔族全員を滅ぼす事が出来たはずだ。
にも関わらず、四天王だけは殆ど無傷で生き長らえた。
その後の会話からも、魔王が我々に殺意を向ける事はなかった。
いつでも葬り去れる事を確信してか、虫けらを見るような目は常にしていたが、それでも魔王は我々に「好きにしろ」と言った。
つまり魔王は、我々がする行動をある程度は見逃す気があるという事ではないだろうか。
自身に危害を加えない行動であれば、だろうが。
「…ふぅ」
ベルフェルは思考し、自身にとって都合の良い解答を導いた所で、大きく息を吐いた。
都合が良い事は分かっているが、都合が悪い解答など、それこそ無限に導く事ができる。
しかし、永らく生きてきたが、都合の良い事は滅多に起こらないが、都合の悪い事もそうそう起こりはしない。
特に最高と最悪の結果なんてものは、思考から排除しても構わない位に、薄い確率だ。
「1割といった所か」
思考しベルフェルは呟く。
これは、ベルフェルが導き出した魔王に会って殺される確率だった。
ハッキリ言って高いと思う。が、これより楽観はできないし、これより悲観する必要もないように思う。
つまりこれが最も無難で、ほぼ確実に起こる未来の確率だった。
「ベルオール」
『はい』
「今から、魔王と会ってくる」
『えっ?』
念話で姿が見えていないにも関わらず、ベルオールの困惑した表情が、ハッキリと目に映し出された。
「計画は大幅に見直す予定だ。そのつもりで準備しておけ」
『はい。しかし、いえ、御武運を』
「あぁ」
ベルフェルはベルオールとの念話を切る。
自身の右腕として選んだだけあって、ベルオールは余計な事を言わない。
恐らくは、大丈夫なのか?と問いたかったのだろうが、この質問はまったく意味のないものだった。
「大丈夫だ。問題ない」
ベルフェルは自身に言い聞かせ、魔王の元に転移をした。
知恵を使うには知る必要がある。
ベルフェルは魔王の強さは知っていたが、魔王の思考や心についてはまだ何も知らなかった。
だからこそ、10%のリスクを取って、魔王に対する知識を回収する必要があった。