魔族会議
ベルフェルは部下から聞いた三つの良い知らせに心を高揚させていたが、一つの出来事に心が急速に冷たくなっていくのを感じた。
水を氷にするよりも、湯を氷にする方が掛かる時間は少ないらしいが、心も同様であるらしかった。
「…っ」
高まった心の急激な冷えによって、ベルフェルは一瞬、心筋梗塞を起こしそうになった。
魔族の中で最年長になったとはいえ、流石にこんな死に方はごめんだ。
「ベルフェル様、如何致しましょう?」
「…情報を整理する。少し待て」
心の動揺を悟られないよう、ベルフェルは部下からの問いに静かに告げた。
一体今まで何度情報を整理し、部下を待たせてきたのか。
魔王の動きが読めないせいで、気が付けばいつも後手に回っている。
先手で打っていた手が、いつの間にか使えなくなっていると言った方が正しいだろうか。
ベルフェルは今まで千手以上の手を考えてきたが、そのどれもが死路に繋がっていた。
この手を打たなくて良かった。
そう結論が出る度、次の手も打てなくなるという悪循環である。
千の手がどれも使えるなどと過信し、自惚れるつもりは毛頭なかったとはいえ、そのどれもが使えないというのは、あまりに想定外だった。
魔王はそれ程に、規格外という事なのだが…。
ただ、どん詰まりとはいえ、こちらに活路がまったくないというわけでもない。
三つの吉報はまさにその活路を見出すものだった。
一つは、魔王に対抗出来る存在の発見と、ソレを捕らえ利用する算段が整ったこと。
一つは、魔王派の魔族が突然大粛清された事によって、内部の情報漏洩に対する懸念が無くなった事。
一つは、目の上のたんこぶであったベリアルの死が確定した事で、魔族の総意をベルフェル一人で決められるようになった事。
棚から牡丹餅といった予期しない吉報によって、ベルフェルは、魔族統一と魔王の天敵を手中に収めた。
震える程の幸運だった。
しかし、今しがた届けられたのは、これらの幸運を一発で激変させてしまう不運。
青天の霹靂もいい所だった。
「すまないがもう一度問わせてもらう。今の報告は本当か?」
「はい…残念ながら本当です。ルルルドは未知の生物によって跡形もなく…」
「…」
ベルフェルは軽く額に手を添えた。
聞くまでもなく、万里眼を通してみれば、遥か彼方にある異変を見て取る事ができる。
そこには未知の生物があった。
魔王によってルルルドに住む魔族は全滅させられていた為、魔族への被害がないに等しいのだが、それはそれで笑えない。
そもそも、なんだこの生物は?
いや、そもそも生物なのか?
「…ふぅ」
ベルフェルはソレを鑑定し、小さく息を吐いた。
桁が一つ二つと違う。
脳みそが食べたいな。
魔王になった暁にはと、残しておいた人族を何人か食べるとしよう。
ソレの持つ強さを鑑定し、ベルフェルは現実逃避した。
「ベリルト様に相談されますか?」
「必要ない」
四天王が一人ベリルト。
何を考えているのか分からない変態科学者の知識や知恵は、膨大であり無秩序であるが故に、役立つ事もあるだろう。
しかし、アレに対して意味や効果があるとは思えない。仮に効果があったとして、仮の可能性に賭けてベリルトを使う事を、ベルフェルは是としなかった。
ベリルトには最優先でやって貰いたい事がある。
そちらの方もアレを見た今、水泡に帰す可能性が高くはあるのだが…。
「出過ぎた事を言いました」
「構わん。視点は多い方が良い」
だからこそ、人族や魚人族とも裏で手を結んでいるし、ドワーフや竜族とも手を結ぼうとした。
ベルフェルが目指しているのは、現魔王や歴代魔王のような、力による表からの支配ではなく、知識や知恵を使った裏からの支配だった。
本当の悪である自身に矛先が向かないよう、魔族と人族で小競り合いをさせているのもこれが理由だった。
戦争によるガス抜きという、やつだ。
魔王のせいで、永遠に終わる事のないアルミリア侵略が終わってしまったが、ここは魔族にとって好都合な部分もあった。
なぜなら魔族軍は、魔王によって大幅に戦力を削られてしまっていたからだ。
ベリアルが盾として機能していたとはいえ、ベリアル一人に任せるのは危うい状態で、それが如何に危ういものだったのかは、今まさに証明されようとしている。
魔王…。
なんと鬱陶しく邪魔な存在なのだろうか。
考えるだけでイライラする。
しかし、今はそんな魔王すら、可愛く見える存在について考えなければならない。
ルルルドに現れた、世界を蹂躙する化物。
終末の龍、ニーズヘッグ。
こんな化物が世界に隠れていた事は驚きであり、見なかったものとして、現実逃避したかった。
極上の脳ミソが食べたい…。
今夜はパーティーを開こう。
盛大な晩餐会だ。
ベルフェルは少し楽しくなっていた。
「……などは、如何でしょうか?」
「…」
久々にソフィアとも会うかな。
ベルフェルはかつての恋人を思い出した。
「?」
「……」
盛大に七日間。何もかもを忘れてパーティーを開く。
これはとても良いアイデアではなかろうか。
「ベルフェル、様…?」
「…会議を開く。幹部達を集めろ」
ベルフェルはジロリと部下を見る。
良いアイデアだと思う。しかし、それは七日後に取っておくとしよう。
魔族を統べる者として、果たすべく義務を果たした後に。
天に絶望が浮かぶ中、ベルフェルは七日後にパーティーを開く為、思考を巡らせる事にした。




