女王旧友と会う②
竜族の主食は鉱石である。
なぜこんな固くて味のしない物を好んで食べるのかと、アビスは疑問に思うものの、デニスに言わせると、苦くて噛みこたえのない葉っぱを好んで食べる方こそ疑問らしい。
文字通り何でも食べる人族や魔族に比べたら、エルフや竜族は慎ましやかで風情があると、喧嘩になる事はなかったが、互いが互いを見下している事実に変わりなかった。
「竜族は森に根付くエルフと同じように、土地に根付く。そしてエルフが根付いた森を育てるように、土地を育てる。僕達は僕達を生かす為に、僕達を生かす土地にも生命力を与えるわけだ」
「それは当然の在り方じゃ。森や土地から奪い続けるだけでは、いずれ自分の首を絞める事になる。そんな事も分からぬ蛮族が、地上ではやりあっておるがの」
「分からないのも仕方ない。君や僕と違って短命な種族だからね。その瞬間だけを考えれば十分事足りる」
「妾にとっての明日は、あやつ等にとって遠い未来の事じゃからな」
100年後を語る時、人族であれば大半が死んでいるし、300年後を語れば、魔族であっても大半は死に、人族であればもはや生きている者はいないだろう。
しかしエルフや竜族は、千年、万年の時を生きる。現にエルフの女王であるアビスは万年の時を既に生きているし、竜族の長となったデニスも万年に近い時を生きていた。
「その通りだよ。遠い未来であれば、綺麗事を並べる事はあっても、真剣に考える必要はないからね」
「そしてお主は、考えぬ方に近付きつつあるわけじゃな。お主のやっている事はただのエゴじゃぞ?てめぇの自慰に、こっちを勝手に巻き込むなというヤツじゃ」
アビスは隣を歩くデニスの瞳を盗み見る。
力は確かに衰えているものの、意志は宿っているし、ボケが来ている事もない。
つまりデニスは自身の意志で、竜族の寿命を削ったという事になる。
魔女なんてものが本当にいて、竜族の寿命を本当に削ったとしたなら、この男が黙っているはずがない。
デニスは、陰湿で陰険で執着と執念をもった、世界の陰を煮詰めたような性格をしているからだ。
デニスの尾を踏んだ魔王幹部の末路は、万年を生きるアビスが見た中でも、一番悲惨で残酷なものだった。
そんなデニスが魔女の噂話を広げるだけで何もしないなんて、絶対にあり得ないのである。
つまり魔女はいないか、いても裏でデニスが糸を引いていると考えるのが正常だった。
「早漏か遅漏の違いがあるだけで、人生なんて、果てるまで続く自慰と同じだよ。君だって、君が傷付けられたから引き籠ったし、君が楽しいと思ったから出てきた。言葉を変えれば、解釈違いのエロ本を見せられて萎えたけど、解釈一致のエロ本を見付けて滾った事と相違ない」
「いや、全然違うじゃろ」
「違わないよ。違わないという結論も出た」
「万年と生きとらん癖に賢者気取りかえ?」
「万年生きたからといって賢者気取りかい?」
「相変わらず、頭も舌もよく回る」
「久々に活が入ったけれど、かなり鈍っているよ。かつての僕なら君をもっと萎えさせる事が出来ていたからね」
「そうじゃなと、頷く事しかできないのが、何とも腹立たしいの」
口喧嘩でアビスはデニスに勝った事がなく、デニスは精神を抉る戦略がとかく得意だった。
デニスに精神スキルを鍛えられたと言っても過言ではない程である。
そんなかつてと比べたなら、よく回る頭も舌も確かにトルクは弱かった。
「さて、到着したよ。ここに君の求める鉱石がある」
「おい。バルトロがいた洞穴の右隣ではないか」
デニスに連れられ、十数分掛けて移動した場所は、十数分移動する前にいた場所といって差し支えのない場所だった。
例えるなら、203号室と204号室くらいの場所。それを203号室から出たデニスは、近場の町をぐるっと回って帰って来た。
違いがあるなら、202号室側から来たか、205号室側から来たかだけだった。
ちなみにバルトロは、アビスの睡眠魔法によって今は子供と一緒にすやすや眠っていた。
「隣じゃないと、僕は一言も言ってないよ」
「無敵の聞かれなかった論法はやめよ。腹立たしい」
「無敵だからね。使いたくなる」
「お主は間違いなく、オンラインゲームという世界があったらチータをやっておるじゃろうな」
「よく分からないけど、すぐに到着してしまったら、君とこうして長く話せなかった」
「次は良心に訴える戦法かえ?」
「千年の時間よりも貴重な十数分だったという、心からの思いだよ」
「よほど退屈な千年間だったのじゃな。そのまま死ねば良かったのに」
「君は人の心とかないんか?」
「何やら弱い事を言い始めたから、からかってみただけじゃ」
「弱ってる者は、普通励ますものだよ」
「お主は天の邪鬼じゃからな。死ねと言えば妾よりも長く生きるじゃろ」
「君より永くか。それは中々に無理難題だ」
「無理なら潔く死ねば良い。それもまた簡単な話じゃ」
「君も中々に性格が悪い」
「中々どうして、お主には勝てぬがの」
アビスとデニスは互いに笑い合った。
性格が悪い者同士、同族嫌悪になる事もしばしばあるのだが、似ているからこそ分かり合える事も多かった。
アビスとデニスは種族は違えど、親友で悪友で好敵手だった。
「さて、この鉱石、好きなだけ持っていくといい」
「好きなだけ。つまり全部持っていっても良いわけか」
「強欲だね」
「欲こそが若さの秘訣じゃからな。にしてもとんでもない量じゃの。よくもまぁ、のれだけ蓄えられたものじゃ」
バルトロがいた隣の洞穴を進み、深い縦穴の底に降り立つとそこには、とんでもない良の、鉱石が不気味に輝いていた。
100キロどころか、100トンはあるのではなかろうか。
鑑定結果はすべてウルツァイト。
世界の何処にもなかった理由は、竜族がかき集めていたからだったのかと、アビスは納得した。
「竜族の歴史と共に増え続けてきたからね」
「小食な種族故に、食う量より収穫量の方が多いわけか。これが、海鮮物であったらシーシェパードに殺されておるぞ」
「それで、本当に全部持っていくのかい」
「妾も鬼ではない。1000キロで良い」
「そうか。残念だ」
「残念?」
意味不明な事を言うデニスをアビスはじっと見る。するとデニスはおもむろにシッポを上げ、険しい顔つきになった。
そしてコロンコロンとデニスが上げた尾の付け根から、何かが落ちてきた。
小さいものの見た目は、この場にあるウルツァイトそのものである。
「鉱石に当たったのか、最近お腹が緩くてね。君に汚い所を見せてしまったね。すまないすまない」
「うんこなのかえ?」
「ん?」
「これは、この鉱石は、お主等のうんこなのかえ?」
「うん」
「うんじゃねーよ。ぶっ殺すぞ」
「いやそれにしても、十分の一とはいえ持っていってくれて助かるよ。これでまた千年分の空きができる」
デニスは嬉しそうに笑ってみせた。




