女神エル様の予言
エルは聖人になっていた。
鑑定結果では一般人なのだが、なんというか、聖人になっていた。
「エル様ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「本当に良かった。エル様ありがとうございます」
「エル様」
「エル様」
「エル様」
といった具合である。
「随分慕われておるのじゃな」
フードで耳元を隠し、アビスは聖人となったエルに近付いた。長い耳を見せた所で、エフは何一つ気が付いていなかったし、隠す必要はないのかもしれないが、昔起きた事が事だけにアビスは慎重だった。
「アビス久し振りだべ」
「久し振り?久し振りか…久し振りじゃな」
一週間程度会っていないだけでも、人によっては久し振りかと暦を計算したアビスは、エルとは三ヶ月振りの再会だと気が付き、エルの言葉に同意する。
永く生き過ぎている事の弊害か、油断しているとあっという間に時間が過ぎる。同じ日々を過ごしていると、影響はより顕著だった。
「みんな、こちらおらの友人のアビスだべ。仲良くしてあげて欲しいべ」
「エル様の友人となれば勿論です」
「アビス様」
「アビス様」
「アビス様」
「で、お主は何をしておる?」
民衆に敬われ、縋られる事を数千年前に通り終えていたアビスは、民衆の鳴き声など無視をし、エルに質問した。
鑑定によって考えや行動までは読めないアビスにとって、エル行動はあまりに突飛に見えた。
アビスの知る限り、エルも木陰と同じでかなり怠惰だからである。
「アルミリアにいた人を、魔族から解放していたんだべ。超大変だったべさ」
「なるほどのぅ。それでここまで慕われておるのか」
記憶の中にある映像を遡ったなら、人族を魔族が奴隷のように扱っていた様子は確かに窺える。
そんな状況から解放して貰ったとなれば、相手がフルアーマーで顔も見せない変な奴だったとしても、慕われ支持される理由も分かる気がした。
顔がないからこそ。今後更に強く多くの者に支持される可能性すらある。
「エル様は危険を顧みず、我々を助けてくれたのです」
「はい。友人であるアビス様はご存じかもしれませんが、是非エル様の勇猛果敢ぶりをお聞きください」
「あの日エル様は…」
勝手に語り始めた信者曰く、エルはバッタバッタと魔族を薙ぎ払い、八面六臂の活躍で人族を解放していったらしい。
現場を見ていないアビスには、やたらと脚色された話に感じたが、信者達の目にはそう見えたのだから、そうなのだろう。
「そうなのです。エル様はあの日…」
「…」
というより、この話はいつまで続くのだろう。
やたらと、早口で捲し立ててくる信者とその信者に相槌を入れつつ、同じ話を繰り返す信者の無限ループにアビスは辟易としてきた。
なぜさっき聞いた話を、あたかも自分が新しく発見した話です。みたいな感じで語れるのだろう。
放っておいたら、ぐるぐると百万回同じ話を聞かされそうだ。
それ程の狂気を信者達に感じたアビスは、魔力を操り信者達を強制的な眠りに落とした。
「魅了に洗脳。呪いの効果がより強力になったの。その鎧、あまり強化し過ぎると、妾や木陰ですら外すのが困難になるぞ?」
「大丈夫。外れなくても特段困る事はねぇべ」
「今はそうであろうな」
顔を隠し身を護る以外にも、あらゆるサポートをこなす鎧は、装備しているだけで生活を快適にする。
エルフレアのような澄み切った環境ならまだしも、汚れた土地であれば尚更そうなる。
ただ、物事に永遠はない。
鎧の中にある、出会った頃と変わらないエルの姿を思いながら、アビスは口にした。
狂う事も許されず、永遠に近い時間を提示された時、エルは何を思うだろうか。
「ところで、アビスこそどうしたべ?おらが恋しくなったべか?」
「そうじゃな。その可能性はある」
「おー。やけに素直だべ」
「冗談じゃ」
「ジョーダン」
「顔も見たし、妾は帰る」
「おら、顔出てるべか!」
「冗談じゃ」
「ジョーダン」
「なぜ、カタカナで妾の言葉を繰り返す?」
「冗談だべ」
「ジョーダン」
「ジョーダン」
「帰る」
「バイバイ。あっ、でも帰る前にここから東に行ってみるといい事がありそうだべよ」
「なんじゃ、藪から棒に」
「何となくそう思っただけだべ」
「…そうか、ではエルの何となくに従ってみるとしようかの」
予言か予知か。
エルや鎧にそれ系統のスキルはなかったものの、ものは試しとアビスは東に向う事にした。
「アビス、東はこっちだべよ」
「いや、こっちじゃろ」
「そっちは左だべ」
「ん?左は関係ないであろ」
「東は右じゃねーべか」
「エルよ。仮に東が右であったなら、妾は今、妾にとって右に向かっておるのだから、合っておるではないか」
「おー。確かにその通りだべ。つまりアビスから見た右が東で、おらから見た東は右で、でもそれだと左が東になるから、左は東ということだべな」
「おっ、おう。そういう事じゃ。ではな」
「うん。気を付けて行くだべよ」
何を言っているか分からなかったアビスは取り敢えず頷き、東に向かった。ただエルは右。つまり西を東と思って東に行けと言っていたなら、進む先には何もないわけだが…考えるのはやめておこう。
アビスは思考をやめ、東を歩く。
そして間もなくしてアビスは、エルが言った通り、いい事と出逢うのだった。




