女王とアルケミスト②
大賢樹ユグドラシルから生まれたアビスにとって、世界樹の枝を手に入れるというミッションは、木陰の隣で魚を釣り上げる事よりも遥かに簡単な事だった。
魔力が多く宿った枝を折るという行為に、若干の罪悪感を覚えなくもなかったが、剪定をミスする事は誰にでもある。
なので、アビスにとって問題があったとすれば、世界樹の枝を手に入れた後だった。
「これでは創れませぬ」
超極上の一振りを持っていたら、エフにこんな事を言われたからだ。
「所望された品の最上級じゃぞ?」
「それは、一目で直感できます。わしが言ったのは、極上の一振りではなく、施設の方です。このちっぽけな鍛冶場では、その枝は叩けない」
「十分立派に見えるがの」
鍛冶場というものを、まともに見たことはないアビスだったが、エフが船の中に作った鍛冶場は、道具もスペースも十分確保してあり立派に見えた。
「見た目だけで中身が伴っておりません。この枝を叩くに足る十分な魔力を持った金槌に、枝を研磨する魔力の籠もった鋼。更に枝だけでなく魔力の形を変えるに耐える鉱石や炎が必要なのです」
「足りないものだらけではないか」
「それほど、この世界樹の枝が素晴らしいという事です」
「それはその通りじゃ」
母を褒められ嬉しくなったアビスは、胸をそらしえへんと答えた。
「だからこそ、素材に見合った道具が必要なのです」
「それならば仕方あるまい。して具体的には何が必要なのじゃ。物の名で答えよ。妾は世界一の物知りであるからな。名さえ分かればいかようにも探し出す事が出来る」
「ウルツァイト以上の硬度を持った鉱石が100キロ。後は鉱石にアビス殿の魔力を加えて頂ければなんとか…。ただ、鉱石を錬磨する鉱石が必要なので、硬度が低い鉱石もいくつか揃えて頂けると助かります」
「適当に穴を掘って、探してくるとするかの」
服屋に行く為に新しい服が必要。みたいな工程だと思いながら、アビスは適当な鉱山に転移した。
地性については何も詳しくはないが、適当に穴を掘って適当に鑑定でもすれば見つかるだろう。
ようは硬い石を探して持っていけば良いのだから。
…。
……。
………。
「中々釣れぬな。この海には魚がおるのか?」
「今の言葉、リリースした魚達に魚権で訴えられたら負けるよ」
「それは、ギョギョギョな事態じゃな」
「今の世の中、まさかなって事も多いからね」
「…つまらぬな」
「脳死ゲーミングですし」
「うおっ、ようやく釣れ…ぬなぁ。本当に魚はあるのかえ」
釣り竿がビクリと動き振動したものの、針の先にいたのは魚ではなかった。では何なのかと問われと答えに窮するのだが、兎に角魚ではなかった。
因みに鉱石を取りに行ったアビスがなぜ釣りをしているかというと、ひとえに飽きたからだった。
精密な魔力操作と鑑定によって、鉱石自体は集まったものの、ウルツァイトがまったくもって1グラムすら見つからない。
ない宝探し程、つまらないものはなかった。同様に魚のつれない釣りも楽しくはないのだが、木陰の存在がそれを十分中和してくれていた。
「木陰よ。釣りはやめて妾と一緒に石を掘りに行かぬか?」
「ヤダ」
「釣りより楽しいと思うぞ?」
「ヤダ。私虫苦手だもん。土の中にいるような、うねってしてうにゅってしてるやつは特に無理」
「だが、ルビーやダイヤといった宝石は好きであろ?」
「綺麗だとは思うけど私はほら、アイルの戦いも見守らないといけないから」
「1日の半分は寝とるくせに。その間もアイルは戦っておるのだぞ?」
「果報は寝て待てっていうからね」
「ああ言えばこう言う奴じゃ」
「弁の立て方は鍛えましたから」
得意気に語る木陰に、アビスは「はあ」と息を吐き、説得を諦めた。
木陰はアビスと違い、何日、何十日と同じ作業を繰り返す事を苦にしない。そしてアビスと違い、新しい事に挑戦する野心や好奇心も皆無だった。
知恵も力もある癖に、木陰は自ら考えて動く事が殆ど皆無なのである。
他責思考とまではいかないが、木陰は自身の行動すら他人任せな節があった。
そして、他人任せな癖に気分が乗らない限り絶対に動こうとしない。神は木陰に中々の仕打ちを与えているが、木陰の性質を知れば知るほど、自業自得のような気がアビスにはしていた。
というか、木陰をどうすれば動かせるのか教えて欲しいまである。
「次も不細工しか釣れなんだら、妾は鉱石集めに戻るとする」
「エフを使った悪巧みも程々にね」
「別に悪巧みはしておらん。純粋な好奇心ゆえじゃ」
「好奇心は猫をも殺すってことわざもあるよ」
「妾は猫より犬派じゃ」
「バウバウ」
木陰が犬のモノマネをした所で糸が沈み、竿がブルブルと振動する。
釣り上げてみると、不細工な魚がこんにちはした為、魔力を操り針から不細工な魚を外して海に返した。
「では、石を掘ってくる」
「行ってらっしゃーい」




