女王とアルケミスト
エフと対面しアビスが思ったのは、コイツは世界のバグだという事だった。
ステータスはそこらの人族と大差なく、レベルも低い。ただ、生まれもって与えられたスキルも、後天的に得たスキルも壊れていた。
世界を変えかねない人材だとアビスは思う。いや、もしかするとアビスが知らないだけで、既に世界を変えた人材である可能性すらあった。
「アベベ。気持ち悪いべー。船嫌いだべー」
「おぉ、すまんすまん。今治してやるぞ」
恐らくは鎧の中で吐いているであろうエルに、アビスは回復魔法を施した。
アビスに掛かればエルの船酔いを治す事など、カップラーメンの湯切りをするよりも簡単だった。
「おへー。楽になってきたべ。サンキューだべ」
「ゲロ掃除は、必要なさそうじゃな」
フルアーマーの鎧の中でゲロを吐いたなら、さぞかし悲惨な事になるのだが、エルの鎧には自浄作用があった。
この機能のお陰でエルは何日お風呂をキャンセルしようが臭くはならないし、肌荒れなどが出てもすぐに治る。
鎧を装備している限り、エルは常に最高の状態に保たれていた。
体力が減ったり船酔いもするから、見た目だけはという修飾語が付いてしまうのだが。
「おへー…zzz」
「眠ってしまったか」
「何年経っても変わらんな。パパは嬉しいぞ」
「変わらぬのではなく、変えない為にこんな呪われた鎧を創ったのであろ?」
「はて…?」
「とぼけずともよい。妾はすべてお見通しじゃ。国宝の鑑定石を凌ぐ鑑定眼を妾は所持しておるからの」
「よく、分かりませんな」
とぼけるエフに分かりやすく説明したアビスだったが、エフはツルツルの頭を撫でながら改めてとぼけてみせた。
どうやら最後まで、しらを切り通すつもりらしい。
「そうか。分からぬなら別によい。ところで、妾にもエルのような呪の道具を創っては貰えぬか?妾はお主が創る物に興味津々なのじゃ」
「わしは兵士であって、鍛冶屋ではありません」
「妾は嘘つきが、世界で一番嫌いじゃぞ?」
「嘘は付いておりません」
エフは答え、一歩後ろに後ずさった。
娘のエルよりも更に幼く可愛らしい見た目をしているが、エフの本能はアビスの底知れなさに恐怖を覚えていた。
ついつい敬語を使ってしまうのも、上位者であると認識しているからでもある。
この、耳がやたらと長い少女は一体何者なのだろうか。エフは考えたが皆目見当が付かなかった。
「では伝え方を変えよう。どうすれば妾に呪の道具を創ってくれるのじゃ?」
「なぜ、呪の道具なぞ欲しいのです?」
「質問に質問か。ひとえに興味がある」
「興味?」
「うむ。呪いが何処までの事を可能にするのかという興味じゃ」
何もない所で転ばせたりするものから、死に至らしめるものまで、幅広く存在はするものの呪いとは、掛けたモノを世界の理から外す邪法である。
外すといっても影響があるのは当人程度で、些細なことこの上ないのだが、最上級となれば話は変わる。
最上級の呪は世界のあり方さえ変える可能性すらあった。なぜならこの世界は、神の呪いによって創られ廻っているからだ。
その神すら今は代替わりしたらしいと、アビスは木陰を通して知り、木陰を通して、世界が呪いで上書きされている事実をアビスは確信していた。
歴代随一の魔王と歴代屈指の勇者が生まれた世界は今、大きく揺らいでいる。
この揺らぎは、世界が新たな神の呪いによって上書きされる前の儀式か何かではないかと、アビスは予想していた。
世界は幾度となく創り変えられている。
その痕跡は世界の至る所に残され、記録されていた。これはアビスが単独で至った知見ではなく、エルフよりも遥かに好奇心旺盛な種族の賢者達が、多くの時間と繋がりによって辿り着いた知見だった。
「不老不死でも、お望みですかな?」
「妾は十二分に長命じゃ。不老にも不死にも興味はない」
エルの鎧は不老を付与し、勇者の鎧は不死を付与している。そんな理由からエフは尋ねてきたのだろうが、ほぼ不老不死のアビスには興味のない事だった。
「…」
「そろそろ質問に対する質問は終わりかえ?」
「どういった呪が、御所望ですかな?」
「妾は魔力を操る事を得意としておる。故に魔力に関する呪いが好ましいの」
「では、この世界の何処かにあると言われる世界樹の枝を持ってきてくだされ。とびきりの魔力が宿った枝が、好ましいですな」
「世界樹の枝を持ってくれば、創ってくれるわけじゃな」
「えぇ。創りましょうぞ」
アビスから求める呪いを聞いた時、エフの脳裏に真っ先に思い浮かんだのが世界樹の枝だった。
世界樹の存在をエフは知らなかったが、思い浮かんだ以上、世界の何処かにある事は確定していた。
エフの人生において、見た事も聞いた事もないモノは腐る程あったが、脳裏に思い浮かんだモノでないモノは一つとして存在していなかった。




