魔王とスリの少女②
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アイルを捕まえる事なく放置した結果、ぴたりと後ろをつけられる事になった。
姿を隠した尾行とかじゃなく、ちょっと気まずい友人との距離感である。
だからなのか、アイルが私に話し掛けてくる事はなかった。
もしかすると帰り道が偶然一致しているだけという可能性もゼロではないので、適当な所を適当にぐるりと一周してみる。
どんなルートを進もうと、後ろにはアイルがいた。
これは確実につけられてます。
懐かれるような事をした記憶はないので、悪者をバッタバッタと倒す格好いい姿に、憧れを抱いたのかもしれない。
私ってば罪な女。
「ねぇ」
私が私の罪深さを嘆いていると、アイルがようやく話し掛けてきた。
「何?」
少女の問い掛けを無視する程冷たい女ではないので、私はアイルに言葉を返す。
「どうしてアイルが、スリだって分かったの?どう見ても可愛だけの少女なのに」
「私はほら、人を見る目があるから」
確かにアイルは見た目可愛い少女だけど、鑑定さんにかかれば、裏の顔を見抜くなんて容易い。
鑑定さんが本気を出せば、出生の秘密からここまでどんな人生を歩んで来たかも分かるしね。
私は君について、君のお母さんよりも詳しい事を知ることができるのだ。
「それって、アイル以外の人でも分かるの?」
「分かる」
例えば右手に見えますのは火事場泥棒だし、左手に見えますのも火事場泥棒だ。
この町、泥棒ばっかりだな。
治安悪。
全部私のせいなんだけど。
とりま、拘束拘束っと。
「なら、オバサンに見て欲しい人がいる」
「…」
私は断じてオバサンではないので、アイルの言葉を無視した。
てか、どう考えてもオバサンじゃないし。完璧で究極のアイドルもビックリなくらい、可愛くて若いし。
「素敵なお姉様に、見て欲しい人がいるの」
「無理。興味ない」
素敵なお姉様は、ガキの頼み事に興味を抱かないものなのである。
「お願いします。お姉様」
「…」
「格好良くて、可愛いお姉様」
「…どこ?」
私が好意的な反応を示すと、アイルはぱっと表情を明るくさせ、嬉しそうに私の手を引いた。
「こっち。付いてきて」
「はいはい」
甘いな私。
でも、私ってお姉ちゃんだし、妹っぽい感じで頼まれたり甘えられたりするのに、弱いんだよね。
はあ、元気かな、日向ちゃん。
私は私とは正反対の属性で生きている妹の姿を思い出し、嘆息した。
日向ちゃんはイケイケだけど、オタクに優しいギャルだから、私は大好きだった。
「ほら、こっちこっち」
アイルは小さい頃の日向ちゃんに、少し似ていた。
アイルが私を連れてきたのは、町の外れというには外れ過ぎている場所だった。
雑草が生い茂る畑と、畑の奥にある藁でできた小屋は、石やレンガで作られたワルドーの町並みとは異なり、なんともみすぼらしかった。
鑑定さんもアイルは町娘じゃなくて村娘って認識だったし、これが階級社会ってやつなのかもしれない。
「あそこが、アイルの家」
「うん」
「見て欲しい人は、あの中にいる」
「分かったから、そんなに引っ張らない」
手を引っ張られた所で痛いとはならないし、余裕で踏ん張る事もできるけど、抵抗する事なく早歩きでついて行く。手を引く子供の手をブチッと引き抜く非道、魔王だってしないでしょ?
ただ、少し気は重い。
治療系統のスキルは何一つとして納めてないから、見たところで本当に見るだけで、なんにもならないからである。
病名が当てられたら、治療方法も分かるかもだけどさ。
私は少しだけ気重になりつつも、アイルが開いた扉を通り、薄暗く汚い家の中に入った。
「…っ」
家の中の様子を見て言葉を失った。
謎の奇病に掛かった父親や、兄弟の死体なんかがあるかもしれないと覚悟をしていたけど、そんな生易しいものじゃなかった。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな働かなくなったんだ。理由を聞いても答えてもくれない。お姉様にはその理由を、アイルに教えて欲しいの」
アイルが私を見る。
その瞳はとても綺麗な色をしている。
純粋に何も分かっていない子供の目だった。
私は口に手を当てながら部屋を見渡した。精神が働いていなかったら、今頃発狂してこの場から飛び出していたと思う。
家の中には10の死体があった。
すべて、人の形を保っていない死体だ。
皮膚は緑や紫色に変色し、気味の悪い液体を毛穴から垂れ流している。
腐っているように見えるが、腐っているわけではない。その証拠といっていいのか、嫌な臭いはしなかった。目さえ瞑ってしまえば、いい香りと錯覚しそうな匂いが漂っている。
奇病と呼ぶにはあまりに奇妙な感じだ。
というより、これはそもそも人なのだろうか。
私はモンスターと呼んだ方がずっと納得のいく死体を鑑定した。
イアン・リリ
魔族から齎された細菌に感染し死亡。
生命活動は停止しているが、細菌が全身を覆う事で肉体の腐敗を止めている。
細菌名BG67は繁殖がピークとなった時、宿主の肉体を操り、新たな宿主の近くで破裂する事で細菌を飛び散らせる。
ベリルト・ガウェインが生み出した、人族を雪だるま式に殺す実験兵器。
身内の仕業でした。
四天王は本当に悪者として有能過ぎる。
てか、やり方がこえーよ。
細菌兵器とか、ファンタジー世界の住人が使っちゃ駄目でしょ。
それとこれ、私に感染しないよね?
したら、マジでベリルトぶっ殺すよ?
「お姉様まで、どうして黙るの?」
「…私には分からないけど、私の仲間なら分かるかもしれない」
問いかけてくるアイルに、私は少し誤魔化しながら答える。この異常事態を少し変としか思わないくらい、認知を歪めているアイルに真実を言った所で伝わらないたろうし、治療と蘇生のレベルをカンストしてるアビスなら、本当に何とか出来る可能性もあった。
「無理じゃな」
細菌に感染した死体を見たアビスは、即落ちニコマと言わんばかりに、早々に匙を投げた。
治療は生きている者にしか施せないし、蘇生も生き返る状態にある者しか生き返らせる事は出来ない。
目の前の死体は細菌の苗床であり、人ではなく細菌としてあるだけだった。
死体の保存状態は勿論、死亡してから経過した時間も長すぎた。
蘇生不可能に治療不可能。
アビスならと私も思ったけど、さすがに無理らしい。これを蘇生できて治療できるなら、例外なく誰でも生き返らせれちゃう事になるし、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「なんで無理なの?何が無理なの?」
アイルは本当に分からないといった風に私とアビスを交互に見た。
「…木陰」
「私には手に負えなくて」
「だからといって妾を巻き込むな。木陰の鑑定なら、蘇生も治療も不可能な事くらい分かるじゃろ」
「アビスならイケるかなと」
才能だけで、持ってないスキルを再現したりするしこの人。
「イケたとしても、人族の娘に無茶する義理はないぞ」
「まぁ、うん」
「木陰とて、そこまでの義理を立てるつもりはないのであろ?」
「まぁ、うん」
チーターズブックを使えば、或いは蘇生出来るかもしれない。でも、アビスの言う通り、自分の魔力を削ってまでアイルの家族を生き返らせるつもりが、私にはなかった。
部下が原因とはいえ、私はそこまでお人好しではないし、部下のミスを自分の責任と考える程、出来た上司でもなかった。
これはあくまで、部下が勝手にやった事。何より魔王目線で見れば、ミスでもなんでもない。
ただそれでも、アイルとは関わってしまったし、この不幸な少女の現状を変えてあげたいとは思う。
「であれば、悪者になるしかないの」
「悪者?」
「木陰がこ奴らを、小娘でも理解できるよう分かりやすく殺してやればよい。この死体を放置したままとうのも、いかんであろうしな」
「わかった。それしかないもんね…」
人から人に感染する細菌兵器としてこの場に存在している以上、勇者(笑)であったとしても、処理した方がいいのは間違いない。
そして、どうせ処理するのなら盛大に派手に、アイルが認知をどれだけ歪めたとしても、認められるようにする。
つまりまた、私を恨む人物がこの世界に増えるわけだ。
今更だけど私、世界からヘイト溜めすぎてない?
私が死んだら、マジでハッピーエンドになりそうなんですけど。
「では、さっさとやるがよい」
「分かった。アビス、フォローよろしく」
「うまく演じてやるわ」
「転移」
私は上空に転移し、変身を解いた。
魔王形態には二度と戻らないと、何度も心に誓ったというのにこの様である。
まぁ、いいんだけどね。
私は魔王形態のまま、たっぷりと時間を掛け、なんかそれらしい雰囲気を演出した後、地上にある10の死体目掛けて魔雷撃を落とした。
激しい雷を帯びた衝撃が家とその周囲一帯を貫き、大地を焦がし尽くしていく。
魔王感タップリで放った魔雷撃の威力は、放った本人もビックリするくらい、イカれた破壊力を所持していた。
そういえば、人族を殺戮してレベルアップしたんだった…放つまで時間も掛けたし、アビスならアイルを守りながらでも余裕で凌げるでしょう。とか思ってたけど、これ、普通にヤバない?
まさか巻き込まれて死んだとかないよね?
なんであれ、一芝居は打っておくとしよう。
「フハハハハ。村一つ破壊する事など、この魔王には容易い。次はどこを破壊してやろうかな?」
喉が痛くなる位のクソデカボイスで、魔王の仕業である事をアピールする。
「…」
沈黙。
何も返ってこない。
私はもう一度高笑いをした後、転移を使って姿を消した。
そして、早着替えの如く可愛い姿に変身をした後、アビスの近くに転移する。
アビスを倒していたら、レベルも爆上がりするだろうから、生きているのは間違いない。
無事かどうかは知らないけどね。
「馬鹿げた攻撃をしおって、妾を殺す気か!」
無事でした。めっちゃピンピンしてるし、傷一つない。
「魔王やばいね。ありがとうアビス。お陰で助かった」
私に対するアビスの非難を、私は他人事のようにスルーした。魔王と私は同一人物ではないのだ。
アイルにはそう思わせる必要があった。
「家が、アイルの家、家族のみんな…」
焼け焦げた大地を見ながら、アイルは呆然と立ち尽くしていた。
「みんな、みんな、なんで、なんで、なんで…」
「アイル…」
掛ける言葉は見つからない。
「どうして、なんで、アイル、悪い事したのかな…」
「小娘は何も悪くない。悪いのは極悪非道な魔王じゃ。あれは血も涙ないクソ野郎じゃ。のう木陰」
「そう、だね」
傷はないけど、私の一撃を受けて痛い思いでもしたのか、アビスはかなりご機嫌斜めのようだ。
アビスクラスになれば痛い思いなんて、何百年下手したら何千年もしてないだろうし、この批判は甘んじて受けるとしよう。
「魔王、赦さないっ!」
そして、家族の死という現実を歪められない位、壮絶な光景を目の当たりにしたアイルは、魔王にヘイトを向ける事となった。
失念していたのは、私達は魔王城を目指している勇者(笑)のパーティである事と、アイルがそれなりに私に懐いてしまっている点だった。
つまり、復讐の少女アイルが仲間に加わったって事です。
うーん、これは嬉しくない。




