ドラゴン戦記⑥
ゾラは混乱するワルドーの国にいた。
綺麗で目立つ容姿は健在で、遠くからでも一目でそれと分かった。
「こんにちは」
ドラゴンはゾラに声を掛ける。
ゾラはドラゴンが誰か分かっていないかのようにこちらを見て、首を傾けた。
身なりを整えてこなかったドラゴンは、ここまで誰にも声を掛けられなかった事に思い至り、自己紹介をする。
こんな浮浪者のような姿をしていれば、分からないのも無理はない。
身なり位は整えておくべきだったと少し後悔した。
「…」
自己紹介後、ゾラは何も言う事なくこちらを見てくる。あまりに大怪我を負っているため、気になるが聞けないといった所だろうか。
「この傷は…」
魔王にやられた。たった一言で説明を終わらせる事は可能だったが、ドラゴンはゾラに敗北してから、今までの事を話し始めた。
話す事によって頭と心が整理され、自身のやるべき事が少しずつだが、見え始めてくる。
そして思う。
この刃は今、この人にどのまで届くのだろか?と。
勝てないとは思う。
しかし、まったく届かないとも思わない。
命を賭けて活路を見い出したなら、或いは…。
今の状態で戦ったなら、本当に死ぬかもしれない。しかしそれでも、ドラゴンはやってみたかった。
気が付けばドラゴンは、懇願とばかりに頭を下ろしていた。
「うん」
懇願にゾラは頷いてくれた。
ただ強いだけでなく、心も広い。
ドラゴンはゾラに、本物の英雄を見た気がした。
闘技場の約束の時間。
ゾラは現れた。
挨拶もそこそこに槍を構え、臨戦態勢に入る。
持っているのは槍一本。他は何も装備していない。
ゾラの攻撃が一発でも当たれば致命傷は避けられないだろう。
「行きます」
だが、問題はない。一撃が当たる前に一撃を当てる。倒されるよりも前に倒してしまえばいいだけだ。
ドラゴンは真っ直ぐ、ゾラに向かって突っ込んだ。
ゾラの鋭い手刀が飛んでくる。
それは、ドラゴンの目では捉える事の出来ない速度であったが、ドラゴンの体は致命傷となる攻撃を勝手に回避していた。
目で見て、考えて、回避する。
無駄しかない。
今まで培ってきた経験は、細胞の隅々に限界まで蓄えられている。
限界を超えたいのなら、細胞に従えばいい。
ゾラの攻撃を躱したドラゴンは、最高の技を持って、ゾラの胸元に槍を突き出した。
手応えはあった。
それは、ダメージが入ったという手応え。
このまま全力で突き上げたなら…。
細胞が沸き立ち喝采する。
俺達の勝利だと、高鳴り爆発する。
キィイイインと甲高い音が響き渡った。
この音が武器のあげた悲鳴と気付くには、かなりの時間を必要とした。
細胞の高鳴りが急速に萎んでいく。
「お見事。いい一撃だった」
ゾラが言う。
今のは、伝説の龍すら確実に屠り去る一撃だった。
オリハルコンの鎧でさえ貫いたと、確信もしている。
しかし、ドラゴンの目に映るのは、傷一つない綺麗な肌をしたゾラと、砂糖細工のようにポロポロと崩れ落ちていく槍だった。
「貴方は一体…」
何者なのだ?
神か悪魔か。
少なくとも人ではないとドラゴンは確信した。
しかし、まさかそんな事、あるのだろうか。
分からない。
「…っ」
ドラゴンが錯乱していると、口を封じられ、足を絡め取られた。
自由を奪われたドラゴンは地面を舐め、背中にはずしりとゾラが腰を降ろした。
「私が魔王なら、君はここで死んでいる」
ゾラが言う。
ゾラの言葉に、ドラゴンはまたやり直しだと思う。命を使う覚悟で戦った。
細胞は勝利に向かって確実に作用もした。
しかし結果は…。
ドラゴンは誰もを殺し得る一撃で、誰も殺せなかった場合を想定していなかった。
命は賭けた。だが、そんなのは誰でも出来る無謀な特攻と変わらない。
命を賭けてなお、どんな状態からでも生還する。
勇者の武具を持っていた時と同様、今のドラゴンもまた、命を軽んじていた。
死なないが何も始めない以上に、死んだら何もかもが終わる。
攻撃が不発になった瞬間、ドラゴンは全力で逃げるべきだった。
「じゃあね」
背中が軽くなり、ゾラが姿を消す。
拘束が解かれ、コロシアムで一人になったドラゴンは、静かに涙を流した。




