魔王と英雄
私は、ワルドーにある闘技場に来ていた。
平時であれば、戦士同士が技を競い合い、多くの観客が声援と罵声を飛ばす場所なのだが、今は私とドラゴンしかいない。
ドラゴンといっても、デカい龍ではなくボロボロの青年である。
鑑定した所、今のドラゴンは大幅に弱体化しており、HPに至っては100にも届いていなかった。
私不器用だから、こんな状態で手合わせしたら死んじゃうんじゃないかな。
ドラゴンは今、勇者の武器防具を一つも装備していなかった。
ドラゴンが持っているのは、ただの槍一本だけ。
「俺はこの槍一本で、コキュートスのドラゴンを屠りました…」
ドラゴンが聞いてもいないのに、またも自分語りを開始する。
私はそれを、右から左に聞き流した。
なぜ、夜の闘技場で男の自慢話をタダで聞かないといけないのだろう。
パリピな妹はお金を貰っても嫌って言ってたけど、なんと私は、睡眠時間を削っての無償奉仕中です。
アビスの地獄耳許すまじ。
私は約束を守るタイプだけど、知らない約束までは律儀に守るタイプじゃない。
脳が拒絶したのだから、教えないで欲しかった。
「…初心に立ち返る為にも、貴女と手合わせしたいのです。よろしくお願いします」
「うん」
よく分からないけど、頭を下げられたので頷いた。何でもいいから、さっさと終わらせてくれ。
「いきます」
ドラゴンが槍を構えた。
これで、ドラゴンと対峙するのは三度目になる。
動きも技も強さも、脳裏に焼き付ける必要がない位弱いのは分かっているけど、さて、今回はどうしようか。
一度目は適当にいなして終わったし、二度目は死なないと分かっていたから、全力の一撃を叩き込んだ。でも、今回は触れただけで死にそうなんだよな。
ドラゴンが突っ込んでくる。
どうしようかと考えている時に踏み込まれた為、気が付けば私は反射で、ドラゴンを振り払っていた。
目の前の虫を払うように。
しかしドラゴンは私の振り払いを紙一重で回避し、槍を突き上げてきた。
油断はした。なめてもいた。
だからこそ、ここまで激烈な攻撃がただの槍から放たれるとは、考えてもいなかった。
ドラゴンの槍が私の胸に突き刺さる。
鈍い痛み。
例えるなら、凝った肩を握った拳でドンと叩くような痛み。
槍に刺された私は後ろに大きく飛び退いた。
「…槍の方が、壊れた…」
ドラゴンは刃先が砕けた槍を見て、驚きの声をあげる。
それもそのはず。私は鎧を装備していない生身であり、人族の皮膚は魔物や魔族と違って弱々しい。
だからこそスキルや強化魔法が発展してはいるけど、ドラゴンくらいの戦士であれば、私が強化魔法もスキルも使っていない事は分かるはずだった。
これ、ちょっとまずいかも。
どうやって誤魔化そう。
「いい、一撃」
まずは誉める。
誉められて嫌な気分になる人はいないもんね。
「貴方は一体…」
「限界突破を極めれば、魔王にも届く。凄い」
ドラゴンの驚きは無視して、再び誉める。
限界突破の効果は、文字通り限界を突破する事。攻撃時にスキルを乗せるには、九死に一生が発動条件になるが、HP1で必ず生き残るドラゴンとはスキルの相性が良かった。
「まさか…」
「凄い」
「いや、しかし、でも」
「うざ」
誉めても誉めても何か言ってくるので、ちょっとウザくなった私は、ドラゴンの口を拘束し、足を絡めとった。
これで、疑問は口に出来ない。
地面に倒したのは、ちょっとした憂さ晴らしである。
いかに不器用でも、生かしたまま地面を転がす事くらいはできるのだ。
「最初の一撃は良かった。攻撃を止めたのは減点。私が魔王なら、君はここで死んでる」
「…」
私はドラゴンの背中に座りながら告げる。
然り気無く自分が魔王でない事を刷り込むのも忘れない。
エルフの女王辺りが、人族に化けているとでも考えてくれると助かる。
女勇者バージョンの時は阻害さんがバリバリに仕事してるし、バレる事はないでしょう。
ない、よね?
「じゃあ、帰る」
怖いので私は転移を使ってその場を後にした。




