ドラゴン戦記
大会で大敗を喫したドラゴンは、ゾラのように盛大に見送られる事はなく、ひっそりとロスト王国から姿を消した。
敗北から75日が過ぎた今、ドラゴンが女戦士に負けたという噂は、世界全土に知れ渡り、そして今や忘れ去られている事だろう。
魔王が復活したという噂も、今や誰一人としてしていないし、あらゆる町で見られる平和な日々がその事を如実に物語っていた。
寧ろ、魔王は勇者に倒されたなんて新たな噂が流れているくらいだ。
そんな噂が出るくらい世界は平和で、魔族や魔物による被害も目に見えて減っていた。
そしてドラゴン自身、ゾラなら魔王であっても簡単に倒せるのではないかと考えていた。
それほど、圧倒的で絶対的な差がドラゴンとゾラの間にはあった。
「ふぉっふぉっ。魔王は倒されておらんぞい。倒されたなら、神のお声が聞こえてくるじゃろうしの」
「その神が倒していたら、わざわざ伝える事もないでしょう?」
「なんじゃ?お主は神に会ったのか?」
「分かりません」
王曰く、国宝の鑑定石ですら存在を見破る事が出来なかったゾラ。少なくとも王はゾラを神か、それにじゅんずる天使か何かだと考えていた。
だからこそ王はゾラを、人族の勇者にはしなかった。勇者の称号が、神の逆鱗に触れると考えたからだ。
「お主は、分からない事だらけじゃのう。ドラゴン」
「分かっている事だらけよりも、面白いじゃないですか」
「ふぉっふぉっ。未知を既知にする事こそ成長。それがなければ成長はなく、つまらない事になる」
「師匠は、成長してますか?」
「わしの息子はいつだってムクムクじゃわい」
「世界の為にも成長をやめて、さっさとつまらない老後を過ごしてください」
「それは無理な話じゃ」
「…そう言えば、ゾラ、俺が負けた人族の戦士は、相当美しかったと思います」
「ほう」
ドラゴンの発言にリーズの瞳がギラリと光る。
本当にこのじじいは。と思いながらも、でかい釣り針に引っ掛かった事に、ドラゴンは内心でニヤリと笑みを浮かべた。
リーズは性格こそアレだが、ドラゴンの知る限り世界最高の知恵と知識を持ち、実力まで兼ね備えている。リーをゾラにけしかける事が出来たなら、何か分かるのではないだろうか。
このじじいなら、死んでも死ななそうなので、例え神の逆鱗に触れたとしても、問題ないだろう。
「なんというか、ボンッ、キュッ、ボンでした」
「ほほほう」
「是非、会ってみては?」
ゾラの近辺には、念話を使うスパイを一人潜り込ませたと王は言っていた。神をスパイするなんて、神を勇者にするよりも失礼ではないかと思わなくもないのだが、論が立つ王の事だから、何か立派な言い訳を用意しているのだろう。
この辺りについては、ドラゴンが考える事は何も無かった。
「そうじゃな。では、弟子としてお主がわしの前まで連れてこい」
「今の話は、無かった事にしましょう」
「ふん。師匠を利用するなど、100年早いわ。小童め」
リーズはぷりぷりと怒ったが、ゾラが美女である刷り込みが出来た以上、いずれは会いに行くだろうとドラゴンは確信した。
このじじいは、世界にいる女は自分のものだと本気で思っている。女を殆ど差別せず無差別に毒牙に掛ける所は、気色悪くもありながら、尊敬出来なくもないポイントだが、それでもやはり美女に一目は置いていた。
「龍撃」
「甘いのぅ」
目の前にいたリーズの体が陽炎となって消え去る。隙をついたつもりだったが、リーズには攻撃が掠る事さえなかった。
会話で気をそらしたとしても当たらない。ドラゴンとリーズの間には、圧倒的な実力差が今も存在していた。
しかしそれでも、まったく届かないとは思わない。
ドラゴンにとってリーズは手の届く位置にいて、ゾラは手の届かない位置にあった。
手が届く。この化物じじいに対してそんなふうに思える日がくるなんて。
リーズに師事して初めて、ドラゴンはリーズと対峙する事を楽しいと感じていた。
ギリギリであっても届く。
届くのであれば、殺す事ができる。
「嫌な顔で笑いよって。わしを本気で倒す気、いや殺せる気でおるの」
「各地の龍と同じ位、長生きしているんだ。今更未練もないでしょ」
「未練しかないわい。ボケ」
「龍殺」
「ではな。弟子よ。次はせめて可愛いおなごを連れてこい」
龍殺の発動と同時に、リーズが転移を使って姿を消す。
絶対必中の攻撃も、相手が範囲外にいては当たらない。ただそれでも龍殺の必中効果が無くなるわけではなかった。
対象が何処に逃れようとも、ドラゴンが効果を消さない限り、殺意に満ちた龍の目は対象を捉え続けている。
特別な用事や女の前以外には、滅多に姿を現さないリーズにドラゴンが会えるのは、龍殺による特殊能力があるからだった。
ゾラという最高到達点を知ったドラゴンは今、今までの最高到達点であったリーズを倒す事に重きをおいていた。
リーズを倒す為、多くの龍を屠ってきたように、ゾラを倒す為にリーズを屠る。
単純明快な縮図である。
「北か」
ドラゴンはリーズが転移した北に目標を定めつつ、少しだけ上を見る。
最高到達点は、自身が神である事を見せ付けるように、遥か天空にいた。




