アビスの心④
聖誕祭や歓迎会も終了し、エルフレアにはいつもと変わらない日常が流れていた。
よく言えば平和そのもの。悪く言えば変化のない日常である。
ただ、第2セクターだけは、日常を完全には取り戻せていないようだった。
数百年振りの侵入者に加え、森の護り手が消えたのだから、気にせず平和を享受しろという方が無理な話だった。
「鳥籠の中でよしよしと育てた結果、随分と軟弱な種族になったものじゃ」
「規律もあって、そこそこ勇敢だったと思うけど?」
「ふむ。妾の子達であるから当然じゃな」
木陰に誉められ、アビスは少しだけ鼻を高くした。自身で生んだ以上、こういった評価は嬉しいものだった。
自分で悪口を言う分にはいいが、他人に言われるとムッとする。ようはそういう事じゃ。
「手の平くるくる」
「自己評価と他者評価を正当に受け入れた結果じゃ。別段くるくるしとらん」
「ふーん。ところで一つ疑問なんだけど、アビスってどうやって子供生んでるの?」
「そんなの、魔法に決まっておるではないか?それ以外の方法があるのかえ?」
「あー。普通ないと思う」
「であろ。木陰はおかしな事を聞くのう」
「魔王とかだと、口から卵を産んだりするからさ」
「おぉ。それは少し見てみたいの」
「私が殺された時、未来を我が子に託すから、その時にでも見てよ」
「…それは、あまり見たくないの」
これは、アビスの本音だった。
アビスは木陰をかなり気に入っていた。かつての勇者やその仲間達と同じくらい、気に入っていた。それ等の死を見送って思うのは、けして気分の良いものではないという事だった。
「私も見せたくはない」
「では、生きねばならぬの」
「そのつもりだけど、そんな事言っていいの?」
「いいに決まっておる。妾は人族の味方ではないし、魔族の敵でもないからの」
「なるへそ」
「エルフの敵となるなら、存分に抵抗するがの」
「敵にはならないよ」
「だと良いな」
心の底から本当にそう思う。
戦って負けるとは思わないものの、苦しい戦いになるのは間違いなかった。
肉体的にも精神的にも、木陰はアビスの天敵なりうる可能性を秘めていた。
「木陰、おらとんでもない事に気が付いたべ」
「言ってみ」
「ごはんを食べると、物凄く眠たくなるべ」
木陰の足元で眠っていた木陰が突然目を覚まし、どうでも良い事を報告してきた。目覚めた第一声がこれとか、気付いてはいたが、エルは阿保そうだ。
「あんたはごはんを食べなくても、物凄く寝てるじゃん」
「はっ!確かにその通りだべ」
「おにぎり食べる?」
「食べるべ。もぐもぐ…すや~」
エルは眠ってしまった。
「この現象、血糖値スパイクって呼ぶんだよアビス」
「いや、どう見てももっと別の病が隠れておるじゃろ」
もしくは、にぎりめしに薬が盛られていたか。食事の後眠くなる現象をアビスは観測していたが、エルの症状は明らかにそれとは異なっていた。
「ナルコレプシーと名付けよう」
「勝手に名付けるでない。しかも何処から拾ってきおった」
「異世界」
「頭が痛くなってきおったわ」
木陰が異世界から来たという事実を忘れていたアビスは、額に手を当てた。
何でも知っていると自負していたが、こうまで知らない事が出てくる。
しかも恐ろしいのは、木陰が適当に言った病名が、鑑定結果にたった今、反映された事だった。
ナルコレプシー。
十分に眠ったとしても、突然我慢できないほどの強い眠気に襲われ、眠ってしまう病。
これは、世界がたった今、木陰の常識によって塗り変えられたという事だろうか?
「おにぎり食べる?」
「いらん」
「アビスには言ってないよ。そこの子供達に言った」
「ん?」
木陰が指差す先には、木の影に隠れながらこちらの様子を窺う二人の子供の姿があった。
ユグドラシルの住人は、セクター2での出来事を一切知らない為、人族というものに興味津々であるらしい。
「美味しいよ」
「…」
二人の子供は顔を見合わせる。
そして同時に頷くと、ちょこちょことこちらに向かって走ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
おにぎりを受け取った二人はまた、互いに顔を見合わせながら頷き、おにぎりを口に運んでいく。
好奇心は猫をも殺すと言われているが、子供達にはしっかりとアビスの血が流れているようだった。
アビスには、この二人を生んだ覚えはないのだけど。
「おいしい?」
「うん」
二人は頷き、もぐもぐと食べる。
米を固めただけの食べ物だが、エルフにはない人族特有の郷土料理に、満足しているようだった。
「名前はなんていうの?」
「スアラ」
「ステラ」
「いい名前だね」
「ママが付けてくれたの」
「妾ではないぞ」
木陰に見られたアビスは、首を振る。
二人を生んだ覚えがないのだから、名前を付けた覚えも当然なかった。
「お姉ちゃんはなんて名前?」
「木陰」
「変な名前」
「ガーン」
「嘘。ごめんなさい。いい名前」
ショックを受ける木陰にスアラとステラの二人は謝った。
少し休憩したら、ユグドラシルの案内を再開しようとアビスは考えていたが、しばらくはここにいる事になりそうだった。
というか、案内を終える日が果たして来るのだろうか?
アビスは疑問に思ったが、時間は無限にある。木陰が自らの意思で、ユグドラシルを離れようとしない限り、案内を続けようとアビスは思った。




