アビスの心③
客人をもてなすのであれば盛大に。
というのが、人族の習わしである。木陰は魔王であるが、人族であったらしい事を踏まえ、アビスは木陰を盛大にもてなす事を決めた。
人族はエルフと違って何でも食べる野蛮な生き物で、そんな蛮族が世界で最も野蛮な魔王に生まれ変わった。
となると、エルフが好む野菜や果物では、木陰を満足させる事は出来ないだろう。
魔族は人族の肉を好む者が多いと、書物には書かれていたが、元同族の肉を木陰は好むとは思えない。
しかし、今の木陰は人族ではなく魔族の王であり、味覚は魔族よりになったと考えるのが自然だろう。
「となると、人族に近い獣の肉がベストじゃな。ユーリよ、近くにデカい肉を持った獣はおるか?」
『人避けの獣であれば、何匹かいます』
「そいつを捕まえる。案内せい」
『アビス様が動かずとも、私がエルフ達にやらせます』
「必要ない。妾がやりたいのじゃ。それにエルフ達には聖誕祭の準備があるしの」
アビスの聖誕祭は基本、ユーリ達賢樹の主体で行われ、アビスが関与する事はないのだが、今回の聖誕祭に至ってはアビス主体で行われていた。
主体といっても、聖誕祭をする。と立案しただけで、動いているのはユーリ達賢樹であり、発言を予知出来ていなかったユーリは、急ピッチでの作業を強いられてしまっていた。
ユーリ自体は大神木という動かない木なので、せかせかあせあせしているのは、ユーリから勅命を受けたエルフ達なのだが。
社長の気まぐれに部下が苦労し、末端にしわ寄せがいくといった構図である。
『分かりました。案内します。確かワイルド・グリズリーが南西の森にいたはずです。かなり大きいので肉料理にはもってこいかと思います』
「ふむ。了解じゃ」
アビスは早速、南西の森に転移を使って移動した。
「グゴ?」
「グルガガッ!」
アビスが転移したのは、緑の大きな葉が乗せられた切株の上であり、アビスの頭上には大きな二つの影が差し込んでいた。
「ふむ。ビンゴじゃな」
アビスはにやりと笑みを浮かべ、パチリの指を鳴らした。瞬間、二つの影は大きな音を鳴らして大地に倒れた。
アビスは転移のスキルを持っていない。しかし、アビスは魔術の秘宝や魔術の才能によって、ほぼすべての魔法スキルを擬似的に再現する事が可能だった。
そして、魔術の奇跡によって望んだ成果が得られるようにもなっていた。
仮に疑似再現をミスしたとしても、魔術の奇跡によって補完される、チータズブックも真っ青な性能をアビスは持っているのである。
二匹のワイルド・グリズリーの中心に転移したのも、いわば奇跡の恩恵だった。
「これだけ、デカい肉であれば木陰も満足するであろう。しかし、どう料理すべきか」
エルフは肉を食べない。したがって、どう料理すれば良いのかよく分からなかった。
昔の勇者は毛を削いで丸焼きにしていたし、龍族なんかはそのまま生で食べていた。
しかしこれでは料理とはいえない。
アビスは木陰をもてなす為に、料理を作ってみたかった。
「書物を漁ってみるとするかの」
二匹の熊を凍らせて保存したアビスは、転移魔法を生成し、自室に移動した。




