アビスの心②
『アビス様大変です。エルフレアに侵入者が入り込みました。恐らくは人族かと』
「…人族の侵入者?」
ユーリからの念話での報告にアビスは怪訝な声を出した。
エルフが住む森はスキルによって隠匿され、阻害もされている。特に人族や魔族が偶然であっても迷い込まないよう、魔術結界まで仕掛けてある。
強烈な不運や因果のスキル保持者であれば、この結界さえ超えてくる事はあるにはあるのだが、そういったスキル保持者であれば、エルフレアに辿り着く前で退場するようにもなっていた。
エルフレアには、入るまでに何重ものトラップが仕掛けられているのである。
『鑑定士からの報告がありました。一人は鑑定不能だそうです』
「鑑定士のスキルレベルは幾つじゃった?」
『7です』
「7か。微妙じゃな」
スキルレベルが7もあれば、凡そ不自由なく相手の事を鑑定する事は出来る。だが、7程度であれば阻害や隠匿のスキル次第では、簡単に素性を隠す事もできるのが実情だった。
エルフレアに侵入出来た事を考えると、鑑定をレジストできる強者。そして強者であるにも関わらず力を行使しない事を考えると、人族から送り込まれた使者と考えるのが妥当か?
「要件は何か言っているか?」
『当人は、ただ迷い込んだだけだと、言っているようです』
「ふむ。よう分からんな。取り敢えず牢屋にでも閉じ込めておけ。気が向いたら命令を出す」
『はい』
ユーリとの念話が切れる。
人族というのは根性がなく、すぐに音を上げる種族でもある。
飲まず食わずで牢にでも閉じ込めておけば、尋問や拷問などしなくとも、勝手に何かを語り出す可能性が高かった。
そのまま死んだなら、それはそれで構わない。
人族が持ってくる情報に、アビスは耳を傾けるつもりはないし、興味もなかった。
『侵入者は飲まず食わずでも、音を上げる事なく、何やら余裕で過ごしているとの事です』
「侵入者?あぁ、そう言えば、人族が迷い込んでいたのじゃったな」
どれ位の日数が経過したのか、ユーリからの念話に、人族を牢に捕らえた事を思い出したアビスは、ぽんと両手を叩いた。
興味がないから、すっかり忘れてしまっていた。
「忘れていましたね?」
「そんな事はない、ぞ」
『記憶に残す価値すらない者に対して不躾ですが、この者達、アビス様が見た方が良いかと』
「ん?何か嫌なものでも視えたのかえ?」
ユーリは予知のスキルを持っている。
災いを予知したのであれば、アビスに意見してくる事も頷けた。
『いえ。何も視えないからこそです』
「ほう。ユーリの予知までレジストしておるのか。それは面白いな」
予知や予測は、阻害や隠匿とのレベル差が相当あっても基本的には発動する。これをレジストするには、アビスであってもかなり意識的に邪魔する必要があった。
まさか、レベル10の隠匿持ち?
アビスは長い時間を生きているが、スキルを限界値まで鍛え抜いた者を、自分以外には知らなかった。
そもそも人族の寿命や成長速度では、物理的にもレベル10には到達しない。
「じきじきに会ってみるかのう」
到達者なら面白いし、そうでないのにレジスト出来るのなら、その理由を知ってもみたい。
アビスは知的好奇心が高かった。
『興味を出されると思いましたので、賢樹の湖にまで誘導させています』
「妾の答えを予知しよったな」
『スキルがきちんと発動するのか試しただけです』
「ふんよく言うわ」
ユーリに一本取られたアビスは、不機嫌に唇を尖らせた。
「あびゃぶえっ」
そしてすぐに、鎧か湖を通してアビスの部屋に落ちてきた。
声から察するに、鎧の中身は女らしい。
鑑定の結果は、念話のスキルを持っている、ただの子供だった。念話を覚えているだけで、スパイとしては有用だが、その念話もエルフレアでは阻害が働く為、ないに等しい。
ただ、この少女な装備している鎧には、目を見張るものがある。
人族の中で、伝説クラスの名工が作成したのだろう。付与されている能力も防御力も、勇者の鎧に匹敵する性能を持っていた。
金持ちのババアと同じで、中身に価値はないが、身に付けている外身に価値があるといった感じだった。
まさに、宝の持ち腐れである。
『アビス様。もう一名ですが、私の力では湖に落とせません』
「そうか。面白い。ならば妾が直接引き摺り降ろしてやるわ」
ステータスでユーリを上回る事に驚きつつも、アビスは繋がりを通して魔力を練り込み、巨大な水の手を持って、侵入者を引き摺り込んだ。
掴んだ水の手からは、相当に強い抵抗が伝わってきた。
魔力を操作した右手がビリビリと痺れている。
何者じゃ?この女。
アビスは引きずり込んだ赤毛の戦士を見ながら、何者かを知るために鑑定を発動させた。
結果はまさかの鑑定不能。
看破のレベルが10であるアビスにとってこれはあり得ない事だった。
例え隠匿が最大値に到達していたとしても、看破によって相殺されるからだ。アビスと同じように阻害と隠匿による防衛コンボだったとしても、名前すら分からないというのは、あり得ない事だった。
「お主、何者じゃ?」
だからこそ聞いてみたくなる。
人族ではない。20年そこらで到達者になるには、飛び抜けた才能に加え、血の滲む努力や運、呪具や呪術にも頼る必要がある。
何より、天才と謳われたアビスが10000の時を掛けて到達した道に、20年そこらで到達したなどと、考えたくもなかった。
自分の事を一般人などとほざいているが、一般でも人でもないとアビスは予想した。
鑑定によって、こちらを覗き見たようなきらいもあるし、まさかこいつが、啓示を施してきた神ではあるまいな?
アビスは神と会った事はないものの、アビスのイメージする神は、ひょうひょうとしていて掴み所のない、真面目とは掛け離れた存在だった。
そして、目の前にいる女は、そんなアビスがイメージする神と、見事に一致していた。
では、そんな神が目の前に現れた理由はなんだろう?考えるまでもなく答えは出ている。魔王討伐に対してまったく乗り気でないアビスの強制参加。
こやつが、神であれば…。
色々と鎌掛けでもしてみるか。
「して、妾を覗いてみた感想はどうじゃ?」
「凄く強いです」
「アホみたいな感想じゃな」
間違ってはいないが、なんじゃその反応は?
アビスは思わず笑いそうになった。
「名はなんという?」
「森山木陰」
「ほう。いい名前じゃな」
人族では聞かない名前だとアビスは思ったが、人族と交流を経って一万年。伝記などの書物は趣味で読んではいるものの、名まで完全に網羅しているわけではなかった。
あくまで、アビスの知る範囲ではいないというだけである。
「で、何をしにここに来た?」
「迷い込んだだけ」
「迷い込めぬよう、多くの仕掛けが施してある場所にかえ?」
アビスの鑑定を阻害し、アビスの隠匿を看破し鑑定するような輩が、ここに迷い込むなどあり得ない。馬鹿でも、意図的に入ってきたという答えに辿り着く。
「疑えば、対話は出来なくなる」
「信じろと?」
この馬鹿げた話を?
「嘘じゃないし」
それは、中々面白い事を言う。
「では、誠意を見せろ。全ての妨害スキルをオフにしたなら、妾の鑑定を持って信じてやる」
他者から信用を得たいのであれば、自らをさらけ出すのが道理というもの。自らを隠しに隠している者が何かを言った所で、説得力皆無だった。
「ま?」
「木陰、疑っては対話はできぬぞ?」
「分かった。見せたら信じて見逃してね」
「妾を信じたなら、当然対価は支払う」
こちらとしても、鬼が出るか蛇が出るかといった所。分からないという、事は不安を煽るが、見えない物を見ようとするのは、パンドラの箱を開ける行為に等しいのである。
「オフにした」
「どれ」
随分とあっさり要求を飲むのだな。
そんな事を思いながらアビスは、木陰に対して鑑定を発動させた。
オフにしたという発言の通り、今度はレジストされる事なく、鑑定結果がアビスの脳内に流れてくる。
魔王
レベル30
HP881000
MP81000
TP881000
力881000
魔力81000
素早さ881000
防御力881000
器用さ8810
スキル
魔衝撃レベル5
魔炎撃レベル4
魔氷撃レベル4
魔風撃レベル4
魔雷撃レベル4
魔振撃レベル4
拘束レベル5
万里眼レベル6
召喚レベル4
闇の衣レベル7
闇の波動レベル4
闇の鼓動レベル4
絶対王政レベル8
パッシブスキル
威圧レベル8
指揮レベル4
抑制レベル5
精神レベル8
支配レベル4
奇跡レベル4
言霊レベル5
怠惰レベル3
自動回復レベル4
超再生レベル4
EXスキル
魔王の血
素質
黒色
異才
中々に馬鹿げたステータスだった。
しかも、これでレベル30なのだから更に馬鹿げている。
アビスにとって予想外だったのは、目の前にいる女が魔王という事もそうだが、阻害や隠匿のスキルがないという事と、鑑定のスキルもないという事だった。
かといって、特殊な道具を持っているわけでもない。こちらに使っている事実が割れている以上、隠す意味はないし、さて、どういう事だろうか?
「感想は?」
「凄く強いの」
「馬鹿みたいな感想」
確かに馬鹿みたいな感想だが、事実木陰は強かった。スキルの量も多い。なにより、見えないスキルがありそうな所に嫌なものを感じる。
嘘が無さそうに見えて、全てが嘘そうに見える所も嫌な感じだ。
「じゃが、妾の方が強い」
「知ってる」
「くっくっくっ。今代の魔王は随分と変わり者のようじゃ。面白い。互いに鑑定し合った事じゃし、次は腹を割って話そうではないか」
やたらと素直な木陰に、おかしくて笑ってしまったアビスは、木陰という存在を見極める為、空間魔法を行使。宝物殿にアクセスすると、中から神の雫と呼ばれる酒と、真実の盃を取り出した。
古来から酒の席というのは、無礼講が許され、あらゆる悩みや相談に使われる。思考の蓋というリミッターを酒は容易く解除する為、こういった場では詐欺師すら思わず本当の事を口にするものだった。
神の雫は、そんな詐欺師の口をより滑らかにする酒であり、真実の盃を通せばより盤石になる。
どちらともかえのきかない至高の逸品であるが、真実を語らせる以上に、この魔王と酒を酌み交わすのは悪くないんじゃないかと、アビスはなぜか思っていた。
結果、面白い話を聞けた。
あまりに素直にぺらぺらと話すものだから、雫や盃の効果すら効いていないのかと、逆に疑ってしまったが、そんな事はなかった。
この魔王は本当にただただ素直なのである。
「チータズブック?なんじゃそのアイテムは?」
「何か、神様っぽいヤツがくれた。名前はシーちゃん。くっそ長い名前もあるんだけど、聞いた瞬間に忘れる名前ってあるよね」
「神?」
「何かレベルアップした時に聞こえる声の人いるじゃん。その人がくれたの。よく分かんないけど、あの声ってアビスも聞こえるでしょ?」
「啓示は、聞こえるの」
アビスはレベルもスキルもカンストしている為、神の啓示は数千年と聞いていないが、聞こえていた事に変わりはない。
世界の常識として疑問にすら思わなかったが、ほぼ全ての者が聞いているのではないだろうか。こんな事確認すらしようとした事がないが、よくよく考えると、おかしな話だし、更に考えてみると、今回聞いた神の啓示と、数千年前に聞いた神の啓示とでは、微妙に声が違った気もした。
「だから、アビスも語りかけたら何か貰えるかも。今は語りかけても完全無視で、どっか行っちゃってるけどね」
「木陰は神の命令で動いておるのか?」
「動かないから、本をくれた」
「神は何を企んでおるのじゃ?」
「知らん」
木陰は吐き捨てると、盃に入った酒をぐ煽り手酌で酒を注ぐ。神の雫がトイレットペーパーのようにガタガタと浪費される姿に、アビスは軽く戦慄をする。
他人の物となると、異様に物を軽んじる輩がいるが、木陰はその手合いらしい。
「その酒、貴重なんじゃがな」
「なら、アビスも飲めばいい」
「そういう事を言っておるわけでは…」
神の雫がアビスの持つ盃にドバドバと注がれる。
1年で1ミリリットルしか取れない酒が、この瞬間に何年分消費されたのだろう。
長い時を生きるアビスにとっても、気の遠くなる歳月が消費されたのは間違いなかった。
「勿体ない精神は大事だけど、それで使わなかったり食べなかったりしたら意味ないよ。例えば明日死んだら、アビスはこのお酒を浴びるように飲んどけば良かったって後悔すると思うしね」
「妾は死なんぞ」
「そう思ってる時期が、私にもありました」
「なんじゃその言い方は。まるで死んだ事があるような物言いではないか」
「あるよ。後ろからドンとやられて前の私は死んだもん。多分」
「では、今の木陰は前世の記憶を持ったまま、生まれ変わったという事かえ?」
そんな事が果たしてあるのだろうか?アビスは多くの書物を読んできたと自負しているが、そんな事が書かれている本は一つもなかったし、そんな人物と会った経験もない。
だが、魔王が誕生した際は、度々復活という言葉が使われるし、魔王だけは例外としてあるのかもしれない。
魔王直筆の伝記は世の中に一冊もないし、魔王と対話した事も一度もない。アビスは貴重な経験を不意にしてきていたのかもしれなかった。
「なんと言いますか、社内ニートが転生したら魔王になっていた件。みたいな感じ」
「魔王になったという事は、ニート時代はさぞ壮絶な人生だったのじゃろうな」
恐らく木陰は、ニートという名の町娘か何かで前世の記憶を持ち、だからこそ魔王のくせに人族の姿形をしている。今、社内ニートを名乗っていないのは、前世との決別に折り合いを付けているからと考えれば得心もいく。ステータスやスキルは屈指の魔王にも関わらず、精神が魔王でない理由も納得だ。
魔王がやたらと人族にヘイトを向けるのも…。
妾があの時勇者に殺されていたなら、或いは妾が次代の魔王になっておったかもしれぬな。
「別に壮絶では、いや、うん、壮絶なのかな」
「壮絶じゃ。妾には分かる」
「ありがとう。確かにアビスも人付き合いとか下手そうだもんね」
「違う。妾はこうして、ニートとも対等に話せておるではないか」
「今はニートじゃないし、ニート言うな」
「おお、そうであったな。すまぬ」
「素直な所は可愛いけど、アビスは何か、人が気にしてる所を悪気なく刺して、抉りそう」
「妾は正しい事を言っておるだけじゃ。それで精神がやられるのは、鍛え方が足りん」
「アビスは精神もカンストしてるもんね。どやって鍛えたの?」
「ん?仲間だった勇者に裏切られて、家族や友人や村を八つ裂きにされたトラウマを、3000年近くフラッシュバックしていたらなっておった」
「重っ。精神病むはそんなの」
「病んだぞ。手首も切ったし首も吊っておる。じゃが妾は死なんかった」
「重っ。妾は死なんぞの意味、重っ」
「じゃがお陰で、今は何事にも動じん」
「アビス!」
「わっぷ」
いきなり木陰に思い切り抱き締められた。
アビスの防御ステータスは、木陰の攻撃力に比べると弱い為、抱き締められるだけで結構痛かった。
「辛かったね」
「辛くはない」
「うん。でも、辛かったんだよ」
「…やも、しれんな」
精神のレベルが上がっている以上、木陰の言う辛かったという言葉は、間違いなく正しかった。
「よく、頑張りました」
「うん」
「アビスは偉い」
「うん」
「アビスは、あびゃ〜」
抱き締めていた木陰の力が弱くなり、変な言葉を残して床にへたり込む。
アビスのHPがハグによって徐々に削れていたからか、アビスのオート魔法か発動し、木陰が撃退されたからだった。
このオート魔法があるからこそアビスは無敵であり、死なないのである。
「そういえば魔王とはまだ、仲良くなった事はなかったの」
「あびゃびゃびゃ…」
「うむ。そうじゃな。悪くないやもしれん」
アビスは痙攣している木陰を眺めながら、神の雫が入った瓶に口を付け、ごくごくと中身を煽った。
明日死んでも後悔のないよう、貴重な酒は浴びる程飲む。それは中々に悪くない経験だった。
そして、この魔王になら殺されてもいいとアビスは思った。いや、この魔王なら殺してくれるかもしれないとアビスは感じた。
あの時の勇者と今の魔王とでは、強さも精神性もまったく異なっているのだから。
「あびょびゃ〜」
「ふっ、妾に抱きつけばどうなるのか、分かっておっただろうに」
仰向けで泡を吹きながら倒れる木陰の姿にアビスは笑うと、木陰の隣に腰を下ろし、そのまま横になった。
誰かの隣で眠るのも、一万年以上振りの事だった。




