アビスの心
神は言う。間もなく世界に魔王が誕生すると。
神は言う。魔王が世界を滅ぼすと。
神は言う。世界よ魔王を滅ぼせと。
「久方振りじゃな。神の啓示を聞くのは」
玉座にだらりと寝転びながら啓示を聞いたアビスは、ニヤリと口角を上げ、顔を覆うように乗っていた書籍を手で掴んだ。
読んでいたのが、二千年前の勇者が書き残した伝記という事もあって、個人的にはキャッチーなネタだった。
伝記の中では、魔王は勇者としか戦っていないし、伝記を読むまで、魔王が二千年前に生まれた事も、そのまま勇者に倒された事も知りはしなかったが。
「お前達も、神の声を聞いたかえ?」
『はい』
「そうか。ふむ。中々面白い事になりそうじゃ」
大賢樹達の反応に、アビスは再び口角を吊り上げた。
魔王と会う事になれば、凡そ12000年振りだろうか。勇者の仲間として魔王と戦った最後の戦いは、アビスが強くなり過ぎた事もあって、一方的な蹂躙で幕を下ろした。
それまでの魔王とは一進一退の攻防が続き、冷や汗ものだったが、人族の勇者やドワーフの商人、竜族の戦士や魚人の魔法使い等と共に旅をし、楽しい思い出も多かった。
アビス自身が若く、弱くもあったから、一歩後ろで護られる存在だった事も大きかった。
しかしそれも、12000年前に全てが変わった。その時のアビスは誰よりも年長になっていたし、誰よりも強くなっていた。そしてその事が嬉しくて調子にも乗っていた。
護られる側から護る側へ。そうやって調子に乗った結果、アビスは魔王を瞬殺して、仲間達をドン引きさせてしまったのである。
漫画やアニメであれば、やっちまった。てへペロで済む事も、この世界はそうならなかった。
人族と魔族は魔王を瞬殺したアビスを恐れ結託すると、アビスという異端と、異端を生み出したエルフを迫害し、虐殺し始めたのである。
アビスは魔王を瞬殺できる程に強かったが、この時はまだ、今のような万能の力は持っていなかった。その事もあって、アビスは生き残った少数のエルフと共に、森の奥地に逃げる事を余儀なくされた。
アビスはこの時初めて、結託した種族の恐ろしさと魔王の気持ちを理解した。
弱かった頃は卑怯な手を含め、あの手この手で魔王を追い詰めたものだが、やられてみると本当に腹が立つし、焦りも出る。
特に人族と魔族は、悪知恵の働くキレ者が多かった。
アビスはこの2種族が、今でも最高に嫌いだった。だからこそこの2種族が求める世界征服や世界統治をアビスは暇つぶしに完成させていた。
完成といっても、この2種族がいる限りまだ本当には完成していないのだが、それは一日もあれば済む事だった。
ちなみに、共に魔王と戦った竜族や魚人は、エルフに攻撃こそしなかったが、だからといってエルフを護ってくれる事もなく姿を消し、今日という日も交流は途絶えたままだったりする。
唯一、エルフの味方をしてくれたドワーフとの交流だけは、今も細く長く続いているが、前回交流したのは、さていつだったろうか。
長い時を生きるアビスにとっても、最近でないのは間違いなかった。
世界と神は言ったが、こういった種族にも声を届けているのだろうか?
そして、声を届けたとして、これ等の種族は動くのだろうか?
アビスには分からない。
アビスに分かるのは、エルフに世界と協力して魔王を倒す気がさらさらないという事だけだった。
協力して戦った結果が何を齎したのか、アビスは忘れていないし、忘れてやるつもりもなかった。
隠匿し阻害している以上あり得ない確率だが、アビスが動くとしたらそれは、エルフの森に魔王が攻めてきた時に限られる。
魔王が本当に、世界と協力しなければ倒せない程強いのであれば、負ける可能性もあったが、それならそれでアビスは受け入れるつもりだった。
アビスは魔王を4度滅ぼした事がある。滅ぼしたと言っても、3回は勇者の補助であり、自らの手で滅ぼしたのは最後の1回だけなのだが、滅ぼした事がある以上、滅ぼされても文句を言うつもりはなかった。
人族や魔族と手を組むくらいなら、こっちの方がずっと納得も出来る。
『アビス様は傍観ですよね』
「よく分かっておるな」
アビスは動かないし、動くつもりもない。
魔王が本当に世界を滅ぼす最悪なら、人族や魔族が蹂躙されるその姿を見たいとも思っていた。




