転生したら魔王になっていた件
私の名前は森山木陰。
新卒の会社員。いわゆるOLというヤツだ。
アルバイト経験は殆んどなく、社会に出て初めての労働というものに勤しむ事となったのだが、ハッキリ言おう。辛い。辛すぎると。
上司にパワハラをされたとか、セクハラをされたとか、そういうのじゃない。
仕事が出来なくて先輩に嫌味を言われたとかそういうのでもない。
優秀な同僚に劣等感を感じたわけでもない。
でも、辛いのである。
私は陰キャなのだ。
面接の時に語ったようなリーダーシップを学生時代に発揮した事はないし、トラブルを解決した経験だってない。
必然、そこから学んだ経験だって持ってはいなかった。
あの時の私はあらゆる困難に立ち向かい、対応出来る柔軟性を持っているなどとほざいたが、それは企業を欺くための嘘。
過去も人格もすべて捏造したものだった。
騙されたなアホめ。ってな感じで内定を貰った時は小躍りしたものだけど、踊っていた私を私は殴りたい。
目を覚ますのよ木陰ちゃん。って。
「うっ、目覚めずに眠ってしまいたい・・・」
現実逃避をした私の目の前には、青白い光を放つモニターがある。
ファイルは何も開いていない。
理由は簡単。どのファイルを開いたらいいのか分からないから。
入社して三日。
私は仕事のやり方を誰からも何も聞いていなかった。
分からない事があったら遠慮なく聞いてくれ。それだけ言って、上司は毎朝私の元から去っていくし、教育係の先輩は、話し掛けてくるなオーラ全開で黙々と仕事をこなしている。
部署違いの同僚とは、昼時に顔を合わせるだけだし、部署が違うからそもそも話す事もなかった。
まぁ、私から話し掛ける事ができないだけだけど。
てことで、陰キャの私、社会人三日目で無事詰みました。
てか、なんなのこの会社。
アットホームじゃなかったの?
新人にはもっと積極的に絡んできなさいよ。てか、仕事教えろー。
何のために私を採用したんだー!
心の中で叫ぶ。
叫んだ所で、心の中である以上誰にも聞こえる事はない。これがあれか、噂に聞く配属ガチャ失敗ってヤツなのか。
私はキーボードに両手を置いたまま、青白いモニターを見る。
辛い。帰りたい。
仕事、やめたい。
なんにも始まってすらいないけどね。
ゲームで例えるなら、名前の入力画面で詰んでる感じ。いや、さすがに名前は入力できてるか。だって入社出来てるし。
つまりゲームの世界には入れてるって事で、モンスターを目の前にして、攻撃方法が分からないって感じかな。
そんな所で詰んでるのか私…。
ゲームで例えた事で、私はより深い絶望を感じた。戦い方が分からない時点で、このゲームクリアできる気がしないんだけど。
ガチャン
モニターを眺めながらそんな事を考えていると、突然目の前にいた先輩が立ち上がった。
とうとう何かを言ってくるのか?先輩!
期待をしつつも身を硬くし身構えていると、先輩は「お先です」と言って、鞄片手に部屋を出ていった。
先輩は仕事が出来る女で、午後は半休を取っていた。
いやいや、先輩がいなくなっちゃったら、先輩と一緒に仕事してますよ感もなくなって、いよいよヤバいんだけど…
怒られる。
でも、そろそろ怒られた方がいいんじゃないか?って自分もいる。
いや、そもそも仕事を教えてくれない向こうが悪いんだし、怒られるのは理不尽だ。
断固抗議しよう。
…。
……。
………。
終業のチャイムが鳴りましたとさ。
本当にこんなのでいいの?
いや、駄目でしょ絶対。
なんで就職一日目から社内ニートになってるのよ私。
「辛い」
仕事やめようかな。
やめるも何もスタートすらしてないけど。
てか、辞めますって言える勇気があったら、仕事について質問出来てる気がする。
これはあれか、退職代行サービスの出番か?
理由を説明出来ないので無理。
名は体を表すなんてことわざがあるけど、先輩というでかい木に隠れながら、一生社内ニートを満喫する人生になったりして…。
先輩の名前はみきだし、あり得たりして。
なんと暗い未来なのでしょう。
私は「はぁ」っとため息を付いた。
何がドンと背中にぶつかったのはその時で、電車がホームに入って来たのも殆んど同じタイミングだった。
いや、いや、いやいやいや。
あり得ないでしょこんな事。
なんで私が。
仕事は辞めたいと思ったけど、人生を辞めたいなんて一度も思ってないよ?
鈍い音が聞こえ、世界が暗転する。
真っ黒で真っ暗。
叫んだ所で声は出ない。
でも、真っ暗である事と、声が出ない事を認識しているという事は、私の意識はまだあるって事で、もしかして死んでない?
あんな、絶望的な状況で?
電車にパンされた音は聞こえた気がするけど…。
いや、パンじゃなくてグシャか。
「どっちでもいいや」
聞こえてきた音に意味なんてない。
意味は…。
…ゴゥン…。
え?あれ?
なんか今、めっちゃくちゃ不気味な声が、とても近くから届いてこなかった?
…ドゥチュウ…。
「確かに聞こえる」
低くて不快な男の声が、今も。
私の意識にリンクするように聞こえてきた。
「なんだ?」
これ。
気味が悪い。
「…何も…せん。全ては魔王…まま…」
「…ままに…」
「…に…」
声が聞こえる。
不気味で不快な声がいくつも重なっている。
辺りからは不快な臭いが漂ってくる。
納豆のような、生ゴミのような、父親の加齢臭のような、とかく不快で嫌な臭いだ。
「はあ?」
声が聞こえて臭いがあるという事は、次は景色が見えるという事で、私の目に映し出されたのは、なんかこう、とてもとても気持ちの悪いものだった。
デカいカエルのようなトカゲのような、ワニのような、クモのような、そんな物体が数多く目の前で蠢いている。
キモチワルイ…。
確実に言えるのは、それが女子には受け入れがたい見た目をしているという事だった。
キモいし、臭いし、怖い。
「魔王様…なんという…!!」
「これが、魔王…」
トカゲみたいなヤツとカエルみたいなヤツがこっちを見て言う。
マオ様?中学時代にマオって知り合いはいたけど、私は木陰ちゃんです。マオじゃありません。
とか思いながらも、なんとなく私は私の体を見た。
まずは自慢のEカップに目を落とす。
美しい二山はそこになく、あるのは、なんか気持ち悪い色をした、硬い皮膚だけだった。
綺麗ですべすべトゥルトゥルだった肌は、どこもかしこもガッサガッサでゴツゴツしている。
生理と二日酔いと寝不足のトリプルパンチを食らった朝でさえ、こんな事になった事ないのに。
なんだ、これ?
なんだ、これ?
なんだ、これ?
「いやああああああっ!」
気付けば叫んでいた。
電車に轢かれた時の恐怖と、気持ち悪い物体に囲まれている恐怖と、お肌の変化に、ようやく脳ミソが追い付いての叫びだった。
辺り一面に目映い閃光が走り、ドーンという花火のような大爆発が起こった。
特撮映画の爆発シーンよりも遥かに激しい爆発だった。
『経験値が一定に達しました。魔王のレベルが30になりました。魔衝撃のレベルが5になりました』
何か、変な声が聞こえてきた。
レベル30?魔衝撃?
思い切り叫んだからか、一度爆発した私の頭は賢者タイムで悟を開いた男子のように冷静で、落ち着いていた。
賢者タイムとか知らんけど、私は私の考えにツッコミを入れられる位には冷静だった。
そし冷静になった結果、一つの考えが頭には浮かんできた。
「えーあー、まさかアレですか、転生したら◯◯になっていた件みたいな感じですか?」
『正解です。木陰ちゃんは賢いですね』
「いや、答えんなし」
レベルアップを告げた天の声っぽいヤツの返答に、私は思わずツッコミを入れた。
これ、進研ゼミで習ったやつだ。みたいな既視感で言ってはみたものの、答えが返ってくるなんて予想はしてなかった。
だって天の声っていうのは、滅茶苦茶無機質な感じで、こっちの言葉には何の反応も示さないものじゃん。
『私も初めての仕事で、少しテンションを上げてしまいました。てへ☆』
「そうなんだ」
『そうなんです』
「・・・」
『・・・』
「で、あんた誰?ここは何処?私は何に転生したの?」
一つの間を起き、私は立て続けに天の声に質問をした。立て続けの質問ではあるものの、前述した通り脳内は妙に冷静だった。
例えるなら、適度な運動をして、美味しい物を食べて、温かいお風呂に浸かって、8時間寝た後のような、スッキリ具合。
化粧水すら弾いてしまいそうな瑞々しさを、肌からも感じ…ない…。
あぁ、ストレスでニキビが出来そう。
ゴツゴツの肌を見て、私の心は萎え散らかした。
脳がスッキリして冷静になっている分、なんだか余計に萎える。
『人に名前を聞く時は、自分から名乗るものではありませんか?』
「森山木陰22才。趣味は肌のケアです」
今すぐにでも、全身の角質を削り取りたい所存です。
『私の名前は、シークエンス・ZZクローズドワールド・トリガーコマンド・LR・システム。長いのでシーちゃんとでも呼んで下されば結構です』
「シーちゃんね。了解」
本当に長いし、途中から聞いていなかった私は、シーちゃんという名前に頷いた。
てか、最後にシステムとか言ってたけど、ここはゲームの中で、私は悪役令嬢的な何かに転生したという事だろうか。
肌の色と質感からいって違いそうだけど、まだ、望みはあるよね?
『木陰ちゃんが転生したのは世界の魔王です。なので頑張って今みたく世界を破壊し尽くしてやってくださいね』
「嫌。悪役令嬢キボンヌ」
システムなんだから変えて下さい。
「無理です。木陰ちゃんは完全な異業種で魔王です。鏡見を見ますか?」
「見ない」
だって、見たら泣いちゃいそうだもん。
胸はないし、肌だってガッサガッサだもん。
なんとなく悪役令嬢じゃないって事も分かってたもん。
涙がでちゃう。女の子だもん。
『安心してください、魔王だけあってチート級には強いですから。この強さがあれば世界征服だって、簡単にできちゃいます』
「世界征服とか、興味ない」
化粧品とかサプリの情報の方がよっぽど興味が湧く。
『では、部下に命令して遊ぶ、地域制圧系のゲームだと思って楽しむのは如何でしょうか?殆ど死んじゃいましたけど、有能そうなのは残しておきましたし、難易度としは程々でいい感じだと思います』
「興味ない」
ゲームとかあんまりしないし、あれこれ考えて駒を配置するのとか面倒臭そう。そもそも私、人に命令とか出来ないタイプだし。
私は指示待ち人間なのだ。
『では、敢えて命令しましょう。魔王として魔王らしく頑張れと』
「頑張らなかったら?」
『私が退屈します』
「知ったこっちゃねー」
ほんと、心の底から思う。
しかも、魔王らしく頑張れとか指示がふわっとし過ぎ。シーちゃんは上司にしたくないタイプだ。
こういう具体的じゃないヤツが、失敗を部下のせいにしたり、手柄を自分のものにするんだよね。
『…魔王とは、例え何もしなくても勇者に命を狙われるものですし、世界にとって都合の悪いことは全部、魔王のせいにもなります。自分を守る為にも世界は征服なり征圧なりをしておいた方が良いと思います』
「シーちゃんってさ、最終的には敵になるタイプのシステム?」
世界征服をした後に出てくる裏ボス的な。
そんな気がしてならなかったし、シーちゃんなら答えてくれる気がした為、私は聞いてみた。
私が頑張らないとシーちゃんの出番がない。イコールシーちゃんは退屈する。みたいな。
『それは、神のみぞ知るというヤツです』
「あっそ」
誤魔化すって事はつまりそういう事じゃん。
『人間であろうと魔王であろうと、死ぬまで生きることに変わりはありません、大切なのは死ぬまで生きた先で、何を成したかではありませんか?』
「ラスボスのくせに、ちょっと良い事言うな」
シーちゃんの言ってることはもっともではあった。死ぬまで生きることは、全ての生命に平等に与えられた使命であり、例え明日死ぬとしても、その瞬間まで生きていることに変わりはなかった。
どんな生物であっても、死ぬまでは生きるのである。
『ラスボスは魔王である木陰ちゃんですよ』
「はいはい」
シーちゃんは裏ボスだったわ。
とか思いながら私は雑に頷いた。にしてもこの野太くて低い声、どうにかならないだろうか。
私、自分の体と声だけは気に入ってたのに…。