英雄の帰還⑤
急ぎ帰還せよ。
これがロスト王からの言葉であるが、この急ぎというのが、どれくらいの期間を指すのかドラゴンにはまったく分からなかった。
急ぐなんて曖昧な言葉では、受け取り手に千差万別の考えを与えてしまうからだ。
命を受けた者が、せめてロスト近辺にある村にいたなら、千差万別の考えはあれど、時間にそれ程のバラ付きは出ないかもしれない。
しかし、アルミリアとロストとの距離を考えたなら、千差万別の考えや能力はそのまま時間のバラ付きに直結する。
リーズのように転移を使える者なら、数分も掛からず到着出来るし、徒歩以外の手段を持たない一般兵であれば、どれだけ急いでも2年は掛かる計算になる。
同じ急ぐでも、これ程時間に隔たりがあるのだ。
因みにドラゴンが本気を出せば遅くても3日で到着出来るのだが、ドラゴンがアルミリアを出て既に二月は経過していた。
これがドラゴンの考える急ぐの速度だった。
ロストに対する優先度がこれくらいとも言える。ただの村人であったトカゲに、ドラゴンと言う、名と英雄の称号を与えてくれた事には感謝しているが、王の手駒になるつもりはなかった。
「貴方様はまさか英雄ドラゴン様。なぜ、このような辺鄙な村に!」
そこそこの速度で、村から村への移動を終え、ゆっくりと闊歩していると、村の老人がドラゴンの姿を認め、近付いてきた。
「ここいらに、強い魔物が出現したと聞いてな」
ドラゴンは老人に真顔で答えた。
勿論これは嘘である。村人と滞りなく会話する為の方便でもある。
ドラゴンが殆どの村を通過する事なく、時に留まるのは、自身の知名度を計る為だった。
顔を指されながら噂をして貰ったり、ワーキャー言われながら近付いて貰う為、それはもうゆっくりと村を歩くのである。
この時にある程度知られていれば、そのまま村を去り、あまり知られていないのであれば、適当に魔物を狩ってそれとなく自身をアピールする。
ドラゴンは目立ちたがり屋だった。
「強い魔物…はて?」
「ガゼネタだったなら、それにこした事はない」
「いえ、一応調査だけはお願いします」
「そうだな。まずは村に侵入された形跡がないか、見て回らせて貰う」
「あ、ありがとうございます。村の者も喜びます」
「気にするな」
頭を下げる老人を手で制しつつ、ドラゴンは村の中を進んでいく。
男の多くは徴兵に駆り出され、女の多くは栄えた町に出稼ぎに行っている事もあり、ラッドの村には、老人と子供しかいなかった。
子供達は、元気にはしゃぎ回っているが、老人達は一様に疲れていた。
耳を澄まさずとも、そこら中から溜息が聞こえてきそうである。
ドラゴンに対する知名度は100だったが、あまり良い気分はしなかった。
少し前に立ち寄った村もこんな感じだった。子供達がいる事はせめてもの救いだが、村全体を見ると老人のように痩せこけ、元気がない。
「魔族との戦争はいつ終わるのかの」
片腕のない老人が言う。
「ドラゴン様、貴方だけが人類の希望じゃ」
片足のない老人が言う。
「子供達の未来、託しましたよ」
赤ん坊を抱きかかえた老婆が言う。
「ああ」
老人達の言葉にドラゴンは頷いた。
アイトは妹を護れと言った以上、ドラゴンには責任があった。アイトはどれ程研鑽を重ねたとしても、妹を護れる位にしか、、強くはなれないだろう。しかし、ドラゴンは違う。世界の子供達を護れるだけの力を持っているし、自負もしている。
ロストに急ぎ帰って、王に直談判しても良いかもしれない。魔族との戦争の参加を。
王が同意すればリーズであっても、簡単には覆せないし。もし覆すような事があったならその時は。
ドラゴンは決意を胸にロストへと向かった。
ドラゴンがロストに到着したのは、僅か一日後の事だった。
「ドラゴンよ。よく来てくれた」
ロストに急いで戻って来たドラゴンを、ロスト王は嫌味の一つもなく快く出迎えた。
后や大臣に対してはぐちぐちと嫌味を言っていた可能性もあるが、王という立場は英雄に対して嫌味を言える程高くはないらしい。
「早速だが、ドラゴン。お主には勇者になって貰おうと考えておる。魔王の誕生については知っているな?」
「はい」
噂を聞いただけで見ていない以上、本当の意味で知ってはいないが、そんな指摘に何の意味もない為、ドラゴンは頷いた。
「そうか。勇者になってくれるか。話が早くて助かる」
「はい?」
ドラゴンは後半の問いに答えたのだが、王は前半の問に対する答えとして、ドラゴンの「はい」を受け取ったらしく、思わず眉間に皺がよる。
勇者になれという言葉に、即答で二つ返事をすると思われている事が心外だった。
この返事を引き出す為に、わざと後半部分を足していたなら、王の交渉力を褒めるしかない。
「お主の名声を考えたなら、武具一式を与え、勇者として盛大に見送っても良いのだが、お主の伝説は知っていても、お主の伝説を目の辺りにした者は少ない。そこでだ、間もなく開かれる武術大会で派手に優勝しては貰えぬか?」
ドラゴンが顔に出した不快感など、まるで目に入っていないかのように王は続け、なる気もない勇者に対して条件を提示してくる。
「・・・」
「お主の強さを考えれば、今更人族を相手に戦う事に意味を見出だせぬかもしれぬ。だがそれでも英雄ドラゴンの偽り無き強さが、希望として人族には必要なのだ。大会に参加してくれるな?」
「はあ」
勇者になる事と武術大会に出る事は、避ける事の出来ない強制イベントである事を悟り、ドラゴンは曖昧に頷いた。
目立つ事は嫌いではないが、王が言う通り人族を相手に戦う事を、ドラゴンは良しとしていなかった。
ドラゴンのステータスは人族の中でも群を抜いて高い。鑑定石やスキルを持たないドラゴンに、相手との力量差を細かく知る術はないのだが、対峙すれば、相手の強さは大凡予測する事は出来た。
そして、その予測は今までハズレた事がなかった。今まで会ってきた人族の中に、ドラゴンの足元にすら及ぶ者は一人としていなかった。
リーズという化物もいるにはいるが、アレは多分人ではないのでノーカウントでいいだろう。
なんであれ、自身の足元にさえ及ばない者と下手に戦えば、一撃で命を奪ってしまう事にもなりかねない。
ドラゴンは龍殺を誇りには持っていても、人殺を誇りに持ちたくはなかった。
武器を使わず、適当に素手でダウンさせればいいだろうって?
確かに簡単ではあるが、それが強さの証明になるかは疑問だった。素手で簡単にとなれば、八百長を疑う者も出てくるだろうし、何より派手に目立つ事が出来ないではないか。
ドラゴンが危惧しているのは、この部分だった。
英雄ドラゴンの強さを大会を通じて喧伝するなら、ド派手にいきたいじゃないか。
「大会は二週間後を予定だ。特級の宿も用意してあるから、しばらくは英気を養うといい」
「わかりました。話はそれだけですか?」
「一つ聞き忘れていた。お主は神の声を聞いたか?」
「魔王が世界を滅ぼす。というヤツですか?」
「そうか。聞いおるか」
「?」
「いや。よい。大会と勇者の件、頼んだぞドラゴン」
「はい」
何のための確認かよく分からなかったが、ドラゴンは頷きその場を後にした。
高級な宿を用意されたからと言って、ドラゴンは宿に興味はなかった。
興味があったところで、誰も宿の場所を教えてくれない為、行く事さえできないのだが。
文字通り、王は宿を用意しただけなのである。
報連相は本当に大事だ。
そうしないと、宿に興味がないとか思い込みながら山籠りをする事になる。
ドラゴンはいつものように野生の魔物や獣を狩り、大会が開かれるその日まで山で野宿した。
ふわふわの布団に、大きな風呂、美味しい料理、そんな物は英雄と呼ばれる男には必要がなかった。
必要はなかったが、大会の前日に王からの使者が現れた時、なぜお前はロストから出る前に、目の前に現れなかったのかと、問い正したい衝動にドラゴンは駆られていた。
教えていない場所に来たという事は、こちらの動向を把握していたという事だよな?
勿論修行優先で断るつもりでいたが、まずは特級の宿に案内するのが筋というものではないだろうか?
ドラゴンは心にモヤつきを覚えた状態で、武術大会初戦を迎える事となった。




