英雄の帰還③
唐突だが、少し世界と地理の話をしたいと思う。
この世界は球体ではなく平面で完成している。
四角い地図をテーブルに広げ拡大したのが、世界の形だった。
なので、真っ直ぐ歩いたとしても世界を一周して元の位置に戻ってくる事はないし、東に進むより西に進んだ方が近道になる事もない。
どの方向に進んだとしても、必ず世界の果てに行き着くようになっていた。
世界最西に位置するロストよりも更に西に進めば水底へと続く嘆きの滝があり、世界最東に位置するベリフェールより更に東に進めば、地下深くに落ちる絶望の崖がある。
滝や崖に身を投げれば死ぬだけであり、人族最大の国ロストと魔族最大の都市ベリフェールは世界で最も離れた国だった。
ベリフェールはごく最近魔王によって滅ぼされてしまっているのだが、その事を人族か知るには、魔族に直接聞く以外にあり得なかった。
ロストとベリフェールは両種族にとって、それ程隔絶された場所に位置していた。
世界のヘソと呼ばれ、人族と魔族との国境もあるアルミリアにいたとしてと、そこに大差はない。
その証拠にアルミリアに暫く潜伏していたドラゴンにも、情報は一切入ってこなかった。
ドラゴンはアルミリアに魔王が現れる事を期待していた。
世界が平面であるが故に、人族を滅ぼそうと魔王が動いたなら、必ずアルミリアを経由するからだ。
しかし、魔王はいつまで経っても現れる事はなく、誕生の噂すらドラゴンの耳には届かなかった。
神の声が聞こえた以上、魔王が誕生する事は間違いない。しかし神は魔王がいつ誕生するかは言わなかった。
世界が結束する猶予を与えているのだろうか?
ドラゴンには分からない。
魔族から直接聞こうにも、魔族との接触をドラゴンはリーズに禁止されていた。
人族の敵である魔族との接触や戦闘を禁止する理由が、ドラゴンには皆目見当が付かなかったが、碌でもない理由である事は予測していた。
それでもドラゴンが律儀にリーズの命令に従うのは、まだリーズの方がドラゴンよりも強いからだった。
「文句ならわしを倒してから言え」
「如何に正しくとも弱ければ負け犬の遠吠えにしならん」
「意見の強さは己の強さに比例する。弱い者の意見など、誰が聞く耳を持つ?」
「フォッフォッフォッ」
リーズの憎たらしい顔と声がドラゴンの脳裏によぎった。
魔王がここまで、攻めてくるなら正当防衛を理由に戦えると考えていたが、これもまた負け犬の思考である事に気付き、ドラゴンは舌打ちをした。
「どうしたのドラゴン?」
「いや、少し嫌な事を思い出しただけだ」
「嫌な事?」
「簡単に言えば、敗北の記憶だな」
「ドラゴンでも、負けた事があるの?」
「負けた事の方が多い位だ」
ドラゴンはアイトに答え、苦笑した。
魔王が現れるのを待つ間、ドラゴンはイアンの畑の手伝いをし、子供達に剣の稽古を付けていた。
残念ながら子供達に剣の才能はないものの、剣の基礎を教える行為は、いつの間にか基礎を疎かにしてしまっていたドラゴンにとって、良いトレーニングになっていた。
「いっぱい負けて強くなったて事?」
「それと、地獄のトレーニングだな」
リーズのアレはトレーニングというよりは拷問だったが、強くなった事に違いはなかった。
「そっか。僕も頑張るね」
「あぁ」
両手にできた豆を潰しながら木剣を振るうアイトを見ながら、ドラゴンは頷いた。
アイトに才能はない。それでもアルミリアの前線で奮闘出来るくらいには強くなるだろうとドラゴンは予見した。
普通の村人としては、十分過ぎる強さだ。
「アイトもドラゴンも、来て、赤ちゃんが産まれたよ」
「新しい弟の誕生だね」
「残念ながら女の子でした」
「ちぇっ。男なら子分にしてやろうと思ったに」
「はいはい。そんな事言ってないで来なさい」
「はーい」
長女のアイカに連れて行かれる形で、アイトが家の中に入っていく。
会った時には気が付かなかったが、アイのお腹には子供がいて、今ではいつ産まれてもいい位大きくなっていた。
それだけ長い間ここにいたのかと、感慨に耽ってしまうが、雪山での暮らしの方が長かった事を考えると、時の流れというのはよく分からないとも思う。
「ほら、ドラゴンも。赤ちゃんを抱っこしてあげないと」
「なぜ?」
「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」
「答えになってないぞ」
「細かい男はモテないわよ」
「わかった」
細かくても信じられない位モテるぞ。と一瞬反論しようとしたドラゴンだったが、気が付けば素直に頷き、アイカの後を追っていた。
美人というわけでもないし、強い迫力があるわけでもないのに、ドラゴンはアイカになぜか逆らえなかった。
「あら、ドラゴンも来てくたのね」
「えっと、おめでとうございます」
「ありがとう。この子を、アイルを抱っこしてくれる?」
「はあ」
アイカにも言われていたし、断る理由もなかった為、ドラゴンは産まれたばかりの赤ん坊を抱っこした。
小さくて暖かい。
そして、何やら不思議な感じがした。
「アイト、この子をちゃんと護ってやれよ」
だからなのか気が付けばこんな事を口にしていた。




