英雄の帰還②
ドラゴンの事をトカゲと言ったアイラの意見を積極的に取り入れたアイトは、ドラゴンという英雄の存在を知っていた。
存在というよりは、お伽噺のよりも嘘のような話だ。
この話は、長兄のアイクや長女のアイカも知ってはいたが、お伽噺を真実として受け取り、伝説に心を踊らせたのは四男のアイトだけだった。
「あっ、トカゲ動いた」
「行こう」
双子の姉であるアイラが言い、アイト達三人は動き始めた。
三人といっても、5女のアイリはアイラの背中で寝ているだけなので、動いているのはアイトとアイラの二人だけだった。
「全然こっちに気付かないね。というか、森の中に入って行くけどこのまま帰ったりしないよね?」
「トカゲだからな。狭い道をシュルシュル抜けて逃げ出すなんてのは、あり得るよ」
「そんなのされたら、畑が荒らされちゃうじゃん」
「逃げる位弱かったら、魔物に殺されちゃうし一緒だろ」
英雄と同じ名前を名乗ったくせに、本当に逃げる気だろうか。
だとしたら、許せない。
アイトは地面に落ちていた石を拾い上げた。
ひょろひょろして弱そうだから、石が当たっただけで怪我をしそうだけど、逃げられる位なら動けなくしてやれ。という悪餓鬼心がアイトに働いた。
「結構進んでくね。もうぶつけちゃったら?」
「お主も悪よの」
全然止めようとしない。
止める位なら、付いてくる事さえしなかったと思うけど。
という事でアイト選手、大きく振りかぶって、投げた!
投げられた石は、放物線を描きながらも真っ直ぐドラゴンの頭に向かって飛んで行く。
さすがに頭はまずいかも。
そう思ったのも束の間、石はドラゴンをすり抜けるようにして林の奥に消えていった。
ガサガサと葉の擦れる音がアイトの耳に届く。
「ぷぷ。外してやんの」
「うるさい」
絶対に当たったと思った。
でも、ドラゴンは真っ直ぐ歩いているし、避けるような動作もしていない。
幽霊や幻のようにすり抜けた。
ザザザ…。
ガサガサ…。
ザザザザザッ…。
「きゃあああっ!」
「うわあぁぁっ!」
林の奥から何かが飛び出してきた。
黒く大きな影。
それが真っ直ぐこっちに向かって突っ込んでくる。
アイトとアイラは腰を抜かし、その場にへたりこんだ。
怖い。死ぬ。
アイトはぐっと両目を瞑った。
「俺がトカゲだったら、お前達は死んでいたな」
「えっ、あっ…」
「それとな糞ガキ、一つ説教をしてやる。男なら敵から目を逸らすな。そして、女を護る位の気概は見せろ」
「うぅ…」
「いつの時代も、人を馬鹿にするのは弱い人間だ。お前のようなな。反論はあるか?」
「ない、です」
「そうか。なら帰れ。泣き虫な妹達を連れて無事家に帰る事がお前の仕事だ」
「うん。行こう」
アイトは「うぇんうぇん」と涙を流すアイラの手を引き、鼻水を啜りながら来た道を引き返した。
最後に少しだけ振り替えると、そこにはアイトが知っている英雄の姿があり、英雄ドラゴンは何匹もの魔物を斬り払っていた。
「かっけぇ」
「ぐすん。早く帰ろうよ」
「うん。俺、いつかドラゴンみたいになるよ」
「ちゃんと私達を護ってくれる?」
「勿論。約束する」
アイトはドラゴンの背中を見ながら、強い光をその目に宿した。
龍は天災と呼ばれている。
総数は把握されていないものの、各地で目撃情報は後を立たない。
山にいる龍、空を飛ぶ龍、海を潜る龍、川で水浴びをする龍、森に潜む龍、大地で眠る龍。龍は世界のあらゆる場所に存在していた。
この龍が羽ばたき咆哮するだけで、世界にはあらゆる厄災が降り注ぐ。
片田舎で生まれた少年ドラゴン・ド・ドラゴニア、旧名トカゲ・ウィークドは、たった一人で村に厄災をもたらす龍に立ち向かい、勝利した。
齢、11の頃だった。
ドラゴンの英雄譚は、この話に尾ひれはひれが付いて、いかにもといった形で語られているのだが、ドラゴンの英雄譚には誰も知らない真実が存在していた。
ドラゴンは英雄譚の通り確かに龍を倒したが、最初に倒した龍は本物の龍ではなかった。
村を襲った龍は、ドラゴンの師となるリーズが変身した姿であり、国王の命で村を滅ぼそうとしたリーズが、トカゲ少年に未来を見出だし芝居を打っただけだった。
トカゲ少年は確かに村一番の剣士であったが、そもそも剣士と呼ばれる存在が村には、自称剣士のトカゲ少年しかいなかった。
そんな少年に、龍を倒す実力などあるはずがなかった。
トカゲ少年が持っていたのは、龍という得たいのみ知れない存在にも立ち向かえる勇気と、俺ならやれるという、根拠のない自信と自惚れだった。
トカゲ少年は逃げないし疑わない。
それこそが英雄になり得る資質であり、リーズはそれを見抜いた。
リーズが村を龍となって滅ぼそうした理由も、トカゲ少年の資質を見抜いて芝居を打った理由も、糞のような理由なのだが、こうしてトカゲ少年は、世界最高の師と出会い、トカゲから本物のドラゴンに脱皮したのだった。
英雄トカゲが、名実共に世界最高の英雄ドラゴンとなったのは、それから僅か4年後の事である。




