英雄の帰還
戦いの勝敗は個人の持つ強さ、所謂ステータスだけでは決まらない。
力がどれだけあったとしても、技の技量が無ければ攻撃は当たらないし、逆に技の技量に特化していたとしても、力が無ければ相手にダメージを与える事は出来なかった。
何か一つを極めるというのは、どの世界であっても大切な事だが、こと戦闘においてはバランスが大切だった。
心技体。3つのバランスを高次元で整える。それこそが強い戦士に求められる資質だった。
「ふぅ…」
赤い鮮血に染まったドラゴンは大きく息を吐く。
息を吐くドラゴンの両手には槍が突き上げられ、突き上げられた槍からは、ドラゴンに向かって赤い血が滴り落ちていた。
龍殺のスキルによって、ドラゴンが氷龍の心臓を貫いたからだった。
「ぐげぉおおっ…」
心臓を貫かれた氷龍の力が、弛緩し抜けていく。命の灯火が消えた事を経験から理解したドラゴンは、槍を引き抜き氷龍を大地に落とした。
氷龍が落ち、大地がぐらりと揺れ動く。
死山であるはずの山が大噴火でも起こしそうな、激しい揺れに、ドラゴンは思わず片膝を付いた。
「いや、違う」
大地は揺れてなどいない。
いや、多少揺れたかもしれないが、激しく揺れたのはドラゴン自身だった。
龍の血を全身に浴びれば、永遠の命を手にする事が出来る。こういった伝承は各地に存在するが、龍の血は猛毒であり、全身に浴びるような事があれば、生ではなく死が与えられた。
今は例外となりつつあるドラゴンも、初めて龍殺しを達成した際は、戦闘によるダメージと血によって、三日三晩死の縁を彷徨う経験をしていた。
氷龍に対してはほぼ無傷の勝利で、血の洗礼を浴びたところで、大した事にはならないと思っていたが、鼬の最後っぺというやつか。
浴びた血には、強い呪いが込められていた。
神託を聞いた際は瞑想をほどいてしまった事といい、龍の血を甘く見た事といい、山籠りをしても心というのは、中々成長させるのが難しい。
リーズが現れた際、山を降りるのが一ヶ月早くなった所で、問題ないと考えてしまっていた所なども、自身に対する甘さだった。
この思考では一ヶ月山に籠っていた所で、何も変わりはしないのだろうが。
「鍛え直しだな」
魔王を倒す為に勇者になるという選択は、そういった意味でも良いのかもしれなかった。
ドラゴンは自身への戒めとして、氷龍による強い呪いを受けたまま、氷山を後にした。
氷龍の呪いは、例えるなら40度の熱を出しながら100キロの重りを担がされているような状態だった。
一言で言うならぱ、頗る体調が悪い。
自身への戒めとして、長い時間呪いを放置しているのだが、そろそろ心が折れそうだった。
「旅の者、随分と顔色が優れないようだが、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃない」
そのせいか、村のおじさんにまで心配される始末であり、おじさんについつい本音で語ってしまう始末だった。
心を鍛える為に呪いを放置しているにも関わらず、心が弱くなってやしないだろうか。
「それは大変だ。わしの家で少し休んでいきなされ。体調不良は、肉体も心も蝕むからの」
「お言葉に、甘えます」
おじさんからの提案に、ドラゴンは素直に頷いた。
自給自足に慣れている為、普段であれば宿にすら泊まる事はないのだが、それ程に体調が悪かった。
それにおじさんの言葉で気付いた事もある。
体調不良は、肉体も心も蝕むのだ。
我慢していたら強くなるとか、そんなんじゃない。
現に今、滅茶苦茶に弱ってしまっている。
「そうか。ならば来なさい。あの家なんだが、そこまでは歩けるかね?」
「はい」
ドラゴンは頷き、おじさんの背中を追った。
おじさんの家は、簡素な作りながらやたらと広かった。広いからかすきま風が何処からともなく入ってくるし、広いからか物が秩序なく散乱している。
「汚い場所で悪いね」
「いえ」
「何もないが、適当な所に腰掛けるといい」
「はい」
おじさんに言われ、ドラゴンは比較的綺麗な場所を探して腰掛けた。
綺麗好きというわけではないが、だからといって汚れている場所に、座りたいとは思わないのが心情というものだろう。
「それと、これを飲むといい。家の畑で採れた薬草を煎じた物だ。この薬草さえ飲んでおけば病気知らずになれる。病人に効くかは知らんがね。はっはっはっ」
「ありがとうございます」
おじさんが用意してくれた薬草を、ドラゴンは指ですくいとり、口の中に運んだ。
魚の腸と蛇の腸を3日間常温で放置した後のような、苦味と臭みが口から鼻を抜け、あまりの気持ち悪さにドラゴンは吐きそうになった。
「おいおい、凄いな君。ようじに少し付けて一気に酒で煽ってもキツいというのに、そんなにも生でいくなんて。見ているだけでこちらが気持ち悪くなるぞ」
「ごほっ、ごふっ。先に言ってくれ」
ポンと皿の上に盛られた状態で置かれたらこうなる。そもそも薬草はこうやって食べる物だし、というより、薬草は青臭い事はあっても、こんなにも生臭い事はないぞ。
何を混ぜたらこんなにも酷い臭いと味になるんだ。
「我々が作る薬草はこの辺りでは有名だから、知っているものだとばかり。君は余所者か」
「この辺りの出身ではない」
「そうかそうか。では君の部隊の仲間達にも是非宣伝しておいてくれ」
「部隊?」
「君は派遣された兵ではないのかい?」
「いや、ただの個人だ」
何か勘違いしているらしいが、ドラゴンは何処にも誰にも属していない個人軍だった。
個人であっても、一個師団程度なら一晩で殲滅させる実力はあるが、人数はあくまで個人の1だった。
だからといって、仲間や友人がいないわけではないぞ。
「そうか。では君の国に広げておいてくれ」
「気が向いたら…」
白目を剥く程不味くて臭い物など、誰にも勧めないし広げないが、ドラゴンは取り敢えず頷いておいた。
あぁ、でも、師匠になら奨めてもいいかもしれない。
寧ろあのじじぃがどんな反応をするのか見たいから、積極的に舐めさせてみるのもありかもしれない。
リーズがもんんどり打つ顔をドラゴンは見てみたかった。
「で、体調はどうだね?」
「えっ、あぁ、そういえば良くなってるかも」
話す度に生臭い臭いが鼻を抜けていくが、不調はそれだけであり、氷龍の呪いは綺麗サッパリ消えてなくなっていた。
口が臭いという事以外、体調に異変はなく明らかに回復していた。
「流石は我が家の薬草だ」
「口は臭いけど」
「良薬口が臭しと言うだろ」
「はあ」
確かにそんな言葉もあった気がしたので、ドラゴンは曖昧に頷いた。
「ところで、体調もよくなったみたいだし、一つ頼まれ事を聞いては貰えないかい?」
「頼まれ事?」
「君は兵士ではないみたいだが、強いのだろう?その強さを我々の為に振るってはうれないだろうか?」
「何をしろと?」
「簡単な魔物退治だよ。最近畑がかなり荒らされていてね。どうにも参っているんだ」
「分かった。なら早速、獣が出る所に案内してくれ」
「我が家の薬草は万能とはいえ、体力まで全快してはおらんだろ。今日の今日で大丈夫か?」
「問題ない」
体力は確かに全快していないものの、今の今まで絶不調だった事もあって、口回り以外は、人生でも稀にみる好調さだった。
寧ろ体を思い切り動かしたい気分だ。
「では付いてきて欲しい。恐らくは今夜にも出るはずだ」
「なんだ。結局今日の今日じゃないか」
「ははっ。今褄や子供達が罠を作っているから、この罠で捕らえられたら明日で良いと考えていた」
「なるほど。しかし今俺が動けば、あんたの妻や子供が無駄な労働をせずに済む」
「その通りだ」
おじさんに連れて行かれたのは、薬草の生い茂る畑だった。
広さはかなりのものがあったが、生い茂っている薬草の見た目は、ドラゴンもよく知っているものであり、嫌な臭いもなかった。
肥溜めのような場所ならどうしようかと覚悟をしていたのだが、杞憂に終わったらしい。
「あなた。道具は持ってきてくれた?」
「道具?あっ、忘れた」
「ちょっと、何してるのよ」
「いやまて、道具の変わりに凄いスケッチを連れてきた」
「助っ人?あら、はじめまして。私はイアンの妻のアイです。よろしくお願いします」
アイがぺこりと頭を下げる。
おじさんの名を今になって知ったドラゴンは、自身の名前を端的に告げ、頭を下げた。
「ドラゴン?ゴツい名前だな」
「トカゲみたいにひょろっとしてるのにね」
「じゃあ、コイツの名前はトカゲだな」
「アイク、アイラ、アイト、失礼を言うんじゃありません」
「はーい」
「ぷぷ怒られやんの」
「うちは少々賑やかでね。気を悪くしないでくれよ」
「大丈夫だ」
龍殺しの英雄として、世界史に名を馳せていたと思っていたドラゴンは、トカゲと揶揄され馬鹿にされた事よりも、自身の名が知られていない事にショックを受けた。
やたらとちやほやされるのも鬱陶しいが、誰お前?みたいな反応の方が心に来るらしい。
ていうか、子供多いな。
励みすぎたろこのおやじ。
小さな子供を抱えているアイの周りには、9人の子供がいた。年齢は当然バラバラであり、下は2歳上は18歳といった所だろうか。
上を18と仮定したのは、ドラゴンの年齢が19だからだった。
ドラゴンは年下なら、何をされても許すという寛容さを持っていた。
逆に年上の、特にじじぃに対しては辛辣で厳しい目を持っているのだが、ドラゴン自身はその事に気が付いていなかった。
「で、なんでトカゲを連れて来たんだ?」
「分かった、見張らせる気なの」
「違う違う。この人に魔物退治してもろう為だ。この人は強いんだぞ。多分」
「そういう事だ。餓鬼達は引っ込んでろ」
今、多分って言わなかったか?
とか思いつつもドラゴンは答えた。
「トカゲなんかに出来るのか?」
「殺されちゃうんじゃない」
「責任とらねーぞ」
「うちはびんぼーなんだ」
「イアン、子供を連れて帰ってくれ、五月蝿い」
誰が何をしゃべってるのか知らないが、うるさ過ぎる。まぁ、例え静かであったとしても、イアンを含め全員が足手まといになる為、いて欲しくはないのだが。
「あぁ。分かった」
「うるさくねーよ」
「ワーワーワー!!」
「オーオーオー!!」
「馬鹿やってないで行くぞ」
「なんだよ。アイキ兄はトカゲの味方かよ」
「はいはい。ほらほら」
「やめてアイカ姉。そここそぐったい」
「本当に騒がしいな」
「すみません」
「畑を頼んだ」
イワンとアイに加え、年齢がもっとも高そうな二人によって、子供達が連れていかれ、嵐が過ぎ去った後のように、辺りが静まり返る。
虫の音や川のせせらぎといったものまで聞こえてくる。
そして、近くに魔物の気配も感じた。
微弱な気配から弱いというよりは、まだ眠っているといった所だろうか。
人族とは違い魔物は夜行性が多かった。
「こちらから藪をつつくか、それとも待つか。迷い所だな」
魔物の巣を叩く事が、ハッキリ言って最も手っ取り早い。相手が眠っているのなら、槍の一振で簡単に処理する事も出来るだろう。
ただ、正々堂々真正面からを戦いの信条とするドラゴンは、少し迷っていた。
大家族が作るちゃちな罠で被害を押さえられる魔物など、正面から戦う価値はないし、そもそも戦いにすらならない。
武士道や騎士道を重んじる者であっても、蟻を相手に敬意をもって戦う事をしないほと同じだ。
「狩るか」
来るかどうか分からない相手を待つというのも性に合わない。
少し考えた後、ドラゴンはこちらから出向く事にした。
イアンの子供達に話し掛けれても面倒だし、少しばかり格好いい所も見せておきたい。
隠れている3人に視線を送る事なく、ドラゴンは魔物退治に動き始めた。




