④心霊番組ADの談
私が心霊番組のADとして働いた時の話です。私は監督から、
「女優Aさんを使って心霊番組を撮る」
と、指示を受けました。
既に監督はロケ地の候補を上げていて、それがあの空き家でした。その空き家は、女子高生が呪われて不登校になっただの、解体業者が祟りを怖れて撤退しただの、中々に良い噂が流れている物件でした。
私はその空き家の所有者を探す為に、所在地の市役所へ電話を掛けました。最初の返事は「所有者と検討する」と、無難なものが返ってきました。それから数日後。その市役所から電話が掛かってきました。条件付きでOKだと、その旨の内容でした。
その条件はシンプルなもので、家の物を壊さない事、持ち出さない事。それと、“水神様を祀る祭壇は撮影のみ”という内容でした。
大した条件ではありませんでした。祭壇は撮影のみと言う条件だと細工が出来ず、演出が少し難しくはなりますが、それをどうにかするのが私達の仕事です。
ADの私とカメラマンは、撮影の仕込みとカメラ位置の確認の為に、事前にロケ地に行きました。心霊番組なんて何かが起こってナンボです。視聴者に楽しんで頂けるように我々も苦労しているのです。
市役所に鍵を借りに行った際に、女性職員から心霊現象の体験談を聞くと、「くれぐれも祭壇には触らない事」を念押しされました。
しかし、私には心霊番組を手掛けてきたキャリアがあります。まあその、そう言うその女性だって、テレビで祭壇の備品がちょっと動いたところを見ても、それが霊的なものか、人為的なものか、自然的なものかなんて分からないでしょう。
その空き家の中は、画的には中の下でした。見た目でもっと恐怖心を煽ってくるところなんて、他に五万と有りますからね。
事前に調べて話を聞いていた女子高生と元解体屋の男性と女性職員の話を元に、監督が描いた脚本通りに事が進む様、恐怖演出をする機材を仕込んでいきます。
例の祭壇の下には、布を揺らす為に機材を入れておきました。それと、まだ新しい置かれたばかりの一合瓶のお酒が祭壇に供えられていたのですが、そんな新しい物があっては困りますので、機材と一緒に祭壇の下へ入れて置きました。
その時は、「撮影中に割れてしまっては困るから」と、言い訳をするつもりでした。
演出の仕込みが終われば、後は肝心な演者です。霊媒師は、はっきり言ってしまえば『プロ』の霊媒師です。その方が如何にもな事を言い、何も知らない無垢な女優のAさんが泣いて怖がればいいんです。
Aさんの方は収録に来てくれればいいのですが、霊媒師の先生とは、当日の動きの打ち合わせをしておきます。でなければ折角の演出がパァになってしまいますからね。
いよいよ当日が来ました。先ずはロケバスの車内で撮影が始まり、スタッフが市の特産品の果物をAさんに薦めました。それから、先に集めた噂話をAさんが簡単に語り、霊媒師の先生がそれに「もう既に強い念を感じています」なんてコメントを入れてました。
正直言って、私はこの時本当に「来るな」と強い念を感じていたんです。でも、仕事ですからね。そんな理由で止まれませんよ。
ロケバスはあの空き家に着きました。先ずは女子高生の噂を辿り、何も知らないAさんにカメラを渡し、心霊写真の検証をします。
「あそこの窓、撮ってみて下さい」
そう霊媒師の先生が言い。Aさんのカメラを、仕込んだ窓ガラスへ向けさせます。私もそこを見たのですが、思わず後退りをしてしまいました。だって、私が付けた手形は一つだけのはずでした。それが窓を這い上がって行くかのように、ビッシリ付いていたのですから。
収録は続きます。次は玄関です。霊媒師の先生が鍵に祝詞を唱えてからAさんに渡します。Aさんが鍵を開けドアノブを掴むと、「きゃっ!!」と悲鳴を上げて、手に付いた錆か砂埃が混ざった茶色い水を、嫌そうな顔をしてハンカチで拭きました。
「玄関で水を吐いたとか噂がありましたよね? これって···」
Aさんが言いました。玄関には特に小細工をしなかった事を知っている私達は、Aさん以上に恐怖していたかも知れません。
玄関を開けると、カビ臭い匂いが湿気と共に溢れてきました。仕込みに入ったときにはそんな事は無く、私は同行していたカメラマンに目を向けました。彼の顔は青ざめていました。
それが異常だと知らない霊媒師の先生とAさんは家に上がって行きます。霊媒師の先生がAさんに家の右側を向かせ、その間にカメラがAさんの背後に付きます。
そして、霊媒師の先生がAさんに左を向く様に言い、Aさんが動いたタイミングで、カメラも左を向き、私は仕掛けのスイッチを押しました。
廊下の角にセットしておいた長髪のカツラが巻き取られ、廊下の向こうにスッと消えます。それと同時にAさん悲鳴が上げ、尻餅をつきました。
そしてAさんに向いたカメラはもう一度廊下の奥に向き、霊媒師の先生とAさんがそっちへ向うところを撮る手筈だったのですが、カメラマンがカメラを降ろし、私の方に蒼白になった顔を向け言ったのです。
「います···こっち、みてます···」
カメラマンの言葉に、全員が揃って廊下の奥へ顔を向けると、カメラマンが叫びました。
「来てます! 来た! 来たきたキタ!」
私達は一斉に家から飛び出しました。ああ、いえ···情けない事に、Aさんを置き去りにした事には、玄関から出た後でやっと気付きました。
私達は申し訳無い気持ち一杯で、再び家に上がりました。しかし、Aさんの姿は玄関にありませんでした。
彼女が腰を抜かしていたところからは、引き摺った跡が左の廊下の奥へ続いており、私達はそれを追いました。跡は例の祭壇の部屋へ入っており、そこに彼女は居ました。
何処で濡れたのか汗なのか分かりませんが、凄くビチョビチョで、祭壇の布を揺らす為に仕込んだ機材のケーブルで、自ら首を絞めていました。
私達は急いでAさんを抱え上げ、機材を回収して逃げ出しました。その時、転がって出て来たお酒が、茶色く濁っていたのを覚えています。
私の話はここ迄です。───ええ、締まらない話ですが、それっきりですよ。───番組は勿論お蔵入りになりました。───彼女ですか? もうテレビで見ないって事はそう言う事です。───あの空き家はどうなったかって? 水神様は近くの神社に一先ず合祀して鎮めて、家は取り壊せた様ですよ。
今は土地が売りに出されているんですが、大丈夫ですかね? そんなところに家建てちゃって。井戸は石を入れて埋めただけみたいですよ?