②元解体業者の談
俺と後輩の仕事は解体屋で、内容は簡単に言えば、建物の解体と廃棄物の処理だ。
その日俺と後輩は、後輩が運転する車で現場に向かっていた。その道中、後輩がおもむろにその話を振ってきたんだ。
「センパイ! 今日行くゲンバ、なんかヤベーの出るらしいッスよ!」
俺が「何だそのヤベーのって?」と聞き返すと、後輩はテンションを上げて語り出した。
「なんかその家デるって噂があったらしいんスよ! そんでJKが二人、心霊写真を撮りに行ったそうなんス!
そんでそのJK、玄関の鍵が開いてたっぽくて、家の中入っちまったみてーなんスよ! そんで二手に分かれて家の中を写真撮って回ってたら、何かが倒れる様な音がして、一人のJKがその音のした方に走って行ったんスわ!
そうしたらヤベーんス! JKが部屋の前の廊下の上で溺れていたみたいなんスよ! こんな感じで手とか足とかバタつかせて、床の上でっスよ? ゾッとしません?
で、先輩。その部屋には呪いの祭壇が有ったそうなんス。雛壇組んで白い布掛けた様なヤツっス!
そんで、その祭壇の下から···女の幽霊が這い出て来たそうなんスよ!
JKはダチを引き摺って家から飛び出したんスけど···そのダチは可哀想に、呪われて、不登校になったらしいんスわ!」
確かこんな感じだった。それでつくづく思う。運転しながら身振り手振り、よく熱弁してくれたものだと···。
要するに、社長が曰く付き物件を適当に引き受けて来たって事だ。まあ、曰く付き物件なんて今までもやって来たし、大体が古びた見てくれのせいで尾ヒレがついただけの、何の事無いただのボロ家だった。
俺達は空き家に着くと、早速トラックから産廃コンテナを降ろし、預かって来た鍵を玄関の鍵穴に挿し込んだ。まあ、当然開いているはずなんて無く、しっかり鍵は掛かっていたよ。
玄関に入ると脱ぎ捨てられた靴があった。下駄箱の中にも靴や傘が収納されていたが、カネとかポン刀、鉄砲と実弾、あと俺は見た事無いが人間の死体とか···そう言うもので無ければ、遠慮無く一輪車に放り込んでいく。
ウチは産廃専門だから、一般ゴミはお施主さんや清掃業者に任せるべきだが、社長は割増で一般ゴミの処分も請負ってくる。
まあ、最終的な処分は清掃業者に持ち込む事になるから、その分が割増だ。お施主さんには気の毒だが、自分で片付けないのが悪い。しっかり稼がせて貰っていたさ。
玄関の片付けを進めていると、俺はそれを見付けた。それは埃のムラだ。一面埃だらけの廊下に、30センチくらいの幅で、そこだけ一度雑巾がけをした様な、何かが這った様な、それこそ人を引き摺った様な跡だったんだ。
俺は「さっきの女子高生の話は、いつの話か」を後輩に聞いた。
「確か···一年前ッス」
後輩は下駄箱の中身をひっくり返しながら、そう答えた。
俺はこの時嫌な予感がしたんだ。「お施主さは、もうずっと中に入っていない」と言っていたと、社長は言っていた。
じゃあ、この跡は何だ? ガラスが割れた窓が有るから動物か? こんな引き摺るように動く動物なんているのか? 本当に女子高生はこの家の中に入れたって事か? そう思うと、途端にこの家が気味悪くなって来たんだ。
玄関が伽藍洞になると、後輩は例の部屋を探し始めた。何処から片付けようが、やる事は変わらないため、俺は後輩の好きにさせて、自分は玄関の近くの部屋から手を付けた。
正直言って俺は後輩を生贄にした。勿論、儀式的な人柱ではなくて、噂の真偽の確認をしたかっただけだが。
すると直ぐに後輩の呼ぶ声が聞こえた。「センパーイ!」と。その声は普段のオチャラケた声ではなく、かと言って緊迫感があると言う訳でもない。
まあ、思ったよ。軽口を叩けない何かを見付けたんだって。
俺は後輩が呼ぶ声のする方へ歩いて行った。玄関から左に進み、突き当りを右に進むと、そこに後輩が立っていた。
「あ、先輩。想像以上にヤバいっス」
後輩の隣に立つと、障子が開かれていて部屋の中が覗けた。後輩に「開けたのか?」と聞くと、「開けてない」と言う。
まあ、障子はお施主さんが閉め忘れていたんだろう。それよりも、玄関から続いていた引き摺った様な跡だ。それが、例の祭壇の下へ続いていたんだ。
そこで俺は後輩に確認を取った。「女子高生は、その呪われた友達を何処から引き摺ったんだ?」と、
「廊下···ここっス」
後輩はそう答えた。俺達が立っている場所は、引摺り痕の途中だった。
俺は続けて「祭壇の下から何が出てきたんだ?」と、後輩に聞いた。
「···幽霊ス···女の」
後輩がそう言うと、途端に俺も後輩も呼吸が荒くなった。
何かジメジメした視線を感じて、俺達は気を紛らわせようと、自然とポケットに手を伸ばし、タバコを取り出した。
濡れていた。タバコの箱からは水が滴り、水に落としたみたいに濡れていたんだ。
「ヤバいっスよ先輩! 何かいるッス!」
後輩が言うように何かの気配を感じた。場所は祭壇じゃなかった。もっと全体だ。
ズリ···ズリ···、ミシ···ミシ···、ヌチ···ヌチ····
天井、床、壁、どこに居るとかじゃなくて全体だ。
何かが蠢いて居て、それが俺達を狙っているのが分かった。
ゴポ···ゴポ···
水っぽい音···それが聞こえた瞬間、本能が逃げろと言ったんだ。
俺と後輩は仕事をほっぽり出して、一目散に逃げ出した。
俺はもう解体の仕事を続ける事が出来なかった。俺は最後に見てしまったんだ。律儀に玄関の鍵を閉めようと、扉を閉じたとき···アレは女の幽霊なんかじゃなかった。
呪いとか祟りとか···あの家に居るのは、きっと、そう言う類のヤツだ。