摘まれた華
「まずはレンメイの身分に虚偽がある事を上に報告しましょう」
一夜明け、裕理は今後の行動を決める。
墨谷七郎が用意した書類と写真、それらを帝海都にある魔導隊の本部へ直接持ち込もうというのだ。
レンメイと、ともすればレンメイに抱き込まれた可能性がある犬神の妨害を危惧しての手段である。
「直接レンメイを捕まえちゃダメなの?」
「いいえ伽藍、まずは我々の正当性を示さなければ。短絡的な行動は控えるべきです」
「それにレンメイは強いよ。……え? なんで分かるのかって? それは、アレだよ。癪だが、ラコウじゃ絡新婦の名は有名だからね」
伽藍を窘める裕理に、クジャクが同調する。
これで大まかな予定は決まったが、その場で表情が優れない人間が2人。
「……リンカ? 目が腫れてる……大丈夫?」
「ううん。大丈夫ですよ伽藍ちゃん。心配してくれてありがとう」
「お、お友達をだから……心配する」
「えへへ」
リンカに笑顔が戻ると照れたように目を背ける伽藍であったが、今度は暗い影を孕む瞳と視線がかち合う。
「ねえ墨谷七郎……あなた今、子供が見たら泣き出す顔してる。……何か心配事があるなら、話して」
「泣かせることが確定なのか…………なら君はどうして泣き出さない」
「いい度胸ね。魔法矢の的にするから外に出て」
なんてことない軽口。
銀伽藍は七郎の不調を杞憂だと断じ、尚も苛立たし気に……どこか楽し気に口論を続けた。
リンカは伽藍の後ろで七郎を見ている。
しかし、リンカと七郎の視線が交わることは無い。
「…………ところで、カルタと依頼人のお嬢さんはどうしたんですかね」
「カルタ姐さんならフレイヤさんと一緒にまだ寝てます。声を掛けたんですが、仲良さげに寝てたので……起こすのが忍びなくて」
「あの馬鹿娘……まったく。今日だけだよ」
クジャクは溜息を付きながら、横目で七郎を見る。
「(旦那……昨日様子がおかしかったんで心配してましたが、取り越し苦労みたいですね。……後で詫びを入れませんと)」
その後、七郎が画像証拠をもう少し集めることになり、帝海都への移動は数日後に行う手はずとなる。
だが悪意の気配は、すぐそこまで迫っていた。
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リンカはシャワー室で、熱い湯を頭から浴びていた。
先ほどまで伽藍と外で軽く手合わせしており、汗を流しに来たのだ。
「…………七郎様」
――いったいリンカを、誰の代わりにしてるんです?
昨夜のクジャク様の言葉が、頭から離れない。
「嘘です。そんなはずありません……。七郎様は私を見てくださってます」
そう自分に言い聞かせる。でも心のどこかで、クジャクの言葉が腑に落ちてしまう瞬間があった。
だから昨日、自然と涙が溢れたのだ。
「(皮肉にも、ヤツメ家が隠していたゲートで日本に落ち延びて……)」
ラコウのゲート発生点は固定されているが、日本に発生する出口の出現位置は予測できない。
さらに両世界を接続できる時間も不安定。接続が切れれば、再接続には早くても数週間かかる。
「(あの時は殆ど死を覚悟してゲートに飛び込みました)」
ゲートの接続先には、運よく危険はなかった。
でもラコウでずっと追われ続けて、疲れ切っていたまま日本の山中に身を隠して……。
「(どうしてか絡新婦が、日本でも襲い掛かってきて)」
不安定なヤツメ家の秘匿ゲート。
たくさんの人を定期的に渡すことなんてできない。
少なくても小さい頃、ヤツメ家で聞いたゲート機能の話が本当なら。
「(ゲートを安定させる方法が見つかって……だからレンメイが好きに動けてる?)」
考えがまとまらない。昨夜の出来事が心を乱す。
リンカは蛇口を締め、お湯を止める。
闇色の肌が水滴を弾き、伝った水は足から床へ。
脱衣所で体を拭き、服に袖を通す。
「クジャク様に……昨日、聞いていたことをお話ししよう」
少女は心を決め、部屋に居るはずのクジャクの元へ歩き出した。
途中リンカは、何度かあいさつした義瑠土で働く女性に呼び止められ、義瑠土受付へ向かう。
そこから彼女の足取りは途絶えた。
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