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暗がり


 (ほこり)を被った廃材。油と(カビ)の匂いが()み込む地面。

 レンメイは倉庫群の一角、古い整備所跡の中に居た。


 電気は辛うじて通っており、暖色の電球が寂しく下を照らす。


 倉庫を抜けると、景色は雑多なビル群に様変わりする。

 廃墟も混じるが、多くの人間がビル群の暗がりで蠢く。

 その殺伐とした空気と、人にこびり付く暴力の香りは、いつもレンメイを故郷の記憶へと(さかのぼ)らせるのだ。


 「なんや、肌寒いなぁ」


 ラコウでは欲望のまま奪い、淫蕩(いんとう)(ふけ)るレンメイ。しかし、絡新婦(じょろうぐも)にも奪われる側の時代はあった。


 細々と、路地裏で盗みを働いていた少女時代。あらゆる屈辱を舐め、それでも命を繋ぐことで精いっぱい。


 汚濁に埋もれ、消えるだけの弱者であったレンメイを拾ったのは一人の男。

 男に決まった名は無いが、ユイロウ流操糸術という武術を操り、自身もユイロウという家名を名乗ることが多かった。


 男にとってユイロウの名とは、本名で無いにしてもなにか……大事な名であったのではないかとレンメイは考えている。


 「ととさま……」


 そんな男を父として慕っていた。ユイロウの名を自分に貰えた時は、本当の家族になったようで嬉しかった。


 何時(いつ)からか、女としても父を愛していて……。


 手を出されたことは一度も無かったが、弟子として、娘として傍に居られるだけでいいとも思っていた。


 「……クジャクゥ」


 それを壊したのが、クジャクと言う女なのだ。


 「(アレが(とと)さまに拾われてから、全部がおかしくなったんや)」


 赤髪のウィレミニア人。流れ着いた船の残骸にしがみ付いていた、死にかけの女。

 優しい父様(ととさま)は女にユイロウ=クジャクという新しい名を与え、あてと同じように弟子として迎い入れる。


 それから‘(とと)さま’は‘あて’を見なくなった。

 

 クジャクにばかりユイロウ流操糸術を教え込んで、あの女の成長だけを喜ぶように笑う。

 ずっと、父さまと一緒だったのはあてなのに、才能もあての方が上なのに。


 ――あの女、(とと)さまを体でたらし込んだんやぁ

   じゃなきゃ、あてが(とと)さまに捨てられるはずないやろ!


 絶対に許せない。

 だからクジャクの邪魔をしてやった。仕事中に、どさくさに紛れて殺そうともした。


 そんな日常は、クジャクがヘマをして……庇った父さまが死ぬまで続いたのだ。


 「許せへん。父さまが死んだのはクジャクのせいやっ。父さまが死んでから、組織の(もん)は全部かっさらったのに、あの女……“紅蓮”なんて集まり作って。はよ死ねばいいのに」


 しかし今度こそあの淫売を、殺せる一歩手前まで追い詰めている。

 馬鹿な双子は失敗したが、仕込んだ糸で処理したので証拠は残らないだろう。


 「助けも無い異国の地で、さぞ心細いやろなぁ。コッチはあのヤツメ家と繋がれたんや。ゲートも使わせてもろて、日本でいい身分も(もろ)た。毒で弱った女1人、(ひね)ってしまいやで」


 義瑠土で会った暗い眼の男も、手駒を揃えて殺せばいい話。

 何よりヤツメ家が飼ってる怪物……アレを貸してもらえる手はずだ。


 万に一つも、日本人なんかに勝ち目はない。


 あとはどうやって、あの怪物を動かせるゲート周辺に紅蓮共をおびき寄せるかだが……。


 「首尾はどうなってる?」


 ヤツメ家が隠し持つゲート。その出口がある、密売コミュニティ所有の建物がレンメイの目的であった。

 

 「問題あらへん。日本人にコッチの事がバレる気配も無い」

 「いいか。お前がクジャクを殺すのはいい。だが約束通り……」


 「ああ、ヤツメ家の姫は殺さずソッチに渡すんやろ。わかっとる」


 ゲートを管理する広い空間……そこには、ラコウのヤツメ家に仕える男がレンメイを待っていた。

 この男はヤツメ家で重臣の立場にあるが、秘匿ゲートの存在を知ったレンメイを(とが)めるどころか手助けをしている。

 

 「それさえ果たせば、お前がゲートの秘匿所轄(しょかつ)を利用したことも水に流してやる。水竜をも使わせてやるのだ。失敗は許さん」


 「竜言うても、本物(ほんもん)とは人と猿ぐらいの差がある亜竜やんか」


 「だが竜は、竜。魔法を知ったばかりの日本が簡単に対処できる存在じゃあない」


 レンメイが強気に動く理由。

 それはラコウにおける筆頭公家、ヤツメ家の後ろ盾を得られたからに他ならない。


 ラコウ人にとって、ヤツメ家の家名は雲の上の存在。

 家の威光のみならず、実益として秘匿ゲートや亜竜を使役出来る。

 悪名が知れ渡っているとはいえ、唯のヤクザ者である絡新婦からすれば、増長してしかるべき規模の協力者なのだ。


 「ま、そやな。ああそれと、やっぱり姫さん最初に(さろ)ろうて餌にする手筈でいくわ。多少傷が付くくらいええやろ?」


 「……貴様……。ふざけるな。あの方はヤツメ家の正当な血統を引くお方っ、それを……」


 「それを大昔に追い出しといて、今度は利用したくて探してるアンタはんに言われたくないわ」


 「あ、あれは、後継者争いの騒動で仕方なく」


 「ふん……まあ、どうでもえぇわ。要はアテがクジャクを殺して、アンタはんは姫さんを手に入れる。変わらず協力頼んます。コッチも飼い犬動かして、アチラさん締め上げ始めてるさかい。近々動くで」


 「わかっている。……くれぐれもあの方を手荒に扱うなよ」


 「努力するわぁ」


 ヤツメ家の男と話を終え、レンメイは足早に去る。

 1人残された男は、誰も居ない暗がりで立ち尽くしている。


 「……リンカ様。何としても、ラコウにお戻りいただかなくては」


 男の企みは、確実に闇色の華へと迫っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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