摸擬戦(1)
「本当に待機の指示が下るとは思いませんでした……犬神め……」
「どうしてあんなのが、魔導隊に」
義瑠土所有の訓練施設 兼 宿泊所にて、裕理と伽藍はそれぞれ壁に背をもたれ不満を漏らしていた。
墨谷七郎も同室の椅子に座っているが、どこか気の抜けた様子。
時折瞳孔だけが動き、体は微動だにしていない。
「……表向きには伏せられていますが、犬神は官僚の息子みたいで……。何処に行ってもあの調子で馴染める所が無かったみたいです。魔力への適性はあったので、最終的に魔導隊へねじ込まれたらしいですよ」
「そんなこと認めて良いの……? 魔導隊は魔法災害の時に、一番頼りにされる人達。ただのボンクラ息子じゃ何も出来ない」
「私もそう思いました。有事の際に犬神の実力では危険です。彼自身の身が危うい。そう進言したのが犬神の耳に入ってしまったらしく……それ以来、私を目の敵にするようになってしまいました」
「そんな……」
「……ごめんなさい伽藍。もう魔導隊は、あなたが憧れてくれた場所とは違う物になりつつあります。国民への、ただのパフォーマンス」
――第2世代以降……使用できる魔法の幅が広がった我々ですが、身体強化のみで戦った初代魔導隊のほうが、チームとして完成されていましたね
裕理の言葉を最後に、場に静寂が訪れる。
伽藍は何か口を開こうとして、やめた。
昔からよく知る裕理の疲れた顔を見て、言葉が出ない。
「七郎様、お茶をお入れしますね。裕理様と伽藍ちゃんもいかがですか?」
「……ああ……ありがとう」
そこへ現れたのは、湯飲みを持ったリンカである。
七郎はリンカに返事を返すが、虚ろな印象を否めない。
「墨谷七郎……気の抜けた顔」
「少しお休みになりますか? クジャク様たちがお戻りになるころ、お声掛けします」
「リンカ、この男を甘やかしすぎ。あなたも、昼間から寝る気? 霊園山に居た時は寝ずに働いてたのに」
「ね、寝ずに……?」
現在、クジャクは独自にレンメイと密売コミュニティの情報を集めに出ている。
灯塚裕理と銀伽藍に待機指示が出ているが、他の人間は指示に従う立場にない。
カルタは地蔵堂……ではなく、フレイヤの警護を続けている。2人は数日の同行で、意気投合しているらしい。
待機命令は、犬神がクジャク達の調査を上に進言した結果であるが、実際にラコウへ確認を取るには相当の時間と交渉が必要なはず。
正直、クジャク達の密入国が露呈する可能性は低い。入国の記録は、白旗の協力者により念入りに偽装されているのだ。
裕理も、確証のない状態でクジャクを詮索しない。
それとは別に、墨谷七郎はある問題を抱えていた。
――火が、穏やかに消えていくのを感じる
「(俺が走ってきたのは、みんなの為に……朝をみんなで迎える為に)」
そのはずなんだ。でも、真理愛は此処で笑っている。
――なら、もういいじゃないか。みんなも許してくれる
「(ふざけるな。どうして俺は、こんなことを考えて……?)」
墨谷七郎の魂は黒牢事件で砕かれ、破損している。
それでも彼は、一縷の願いに縋って、足掻いてきたからこそ自分を保ってこられたのだ。
10年の年月。壊れた魂を更に摩耗させて、奇跡を願った。
苦痛、苦悩、後悔……あらゆる悲鳴を無視してきた軋みが、リンカという存在によって優しく広がる。
それが狂気の願いによって保たれていた墨谷七郎を、ゆっくりと安寧に沈めていた。
沈むその先は、黒牢で刻まれるはずだった結末。
獣への堕落と、死である。
「……動けないなら……いい機会かも」
リンカの淹れた茶を飲んでいた銀伽藍が、訓練所にある戦闘訓練用のグラウンドを見た。
何かを思い立ったようで、表情に生来の勝気さが宿る。
「墨谷七郎。稽古に付き合え。前のリベンジッ」
「え」
「あなたが霊園山を出て行ってから、伽藍も稽古を続けてた。裕理さんにも同行して、強くなってるんだっ。それを見せてやるっ」
「へえ。伽藍の話に聞いていた霊園山の“墓守”の実力には、興味がありますね」
有無を言わせない烈剣姫の提案。それに“あかいくつ”も何故か乗り気になっている。
悪いが、いまさら烈剣姫や現魔導隊員に手の内を晒す気にはなれない。
「そんな必要は――」
「あの、七郎様……よろしければぜひ、リンカにも稽古をつけて欲しいです……」
言葉を遮ったのは、’もじもじ’と上目を遣うリンカであった。
「ぐ」
……一気に断りづらくなった。
まあ、逆に考えれば“あかいくつ”の力……つまり現魔導隊員の実力を測るチャンスがあるかもしれない、か。
「……この際だから、付き合うよ」
観念し、外に出る為立ち上がる。
得物の出し入れが見られないよう、気を付けなければ。
――リンカのお願いには、応える……ふぅん
烈剣姫の拗ねたような小声が、誰にも聞かれず掻き消えていった。




