同じ怒り
――初代の魔導隊なんて大した事してねぇだろ
真理愛に手を伸ばした時、手首を捻じり切るか悩んだ。
――10年前に死んだ実験動物じゃねぇか
人目なんて気にせず、頭を潰しておけば良かったんだ。
そうすれば、こんな不快な言葉を聞かずに済んだのに。
この男が、灯塚裕理の言っていた魔導隊。
この男が、今の魔導隊。
俺を寸での所で止めてくれたのは、怒れる烈剣姫の顔。
虎郎を、璃音を、愛魚ちゃんを……仲間達の為に怒る彼女に、少しだけ救われる。
俺達の目的に、なんの関係もない少女だと侮っていたが。
今は彼女の、隣に立ちたいと思った。
・
・
・
犬神康孝は、烈剣姫の隣に立つ男の怒気に吞まれている。
灯塚裕理や赤髪の女に隠れ、気にも留めていなかった暗い瞳の男。
分不相応にチヤホヤされる裕理や、ただ運が良いだけで実力を勘違いしてる学生に、立場を教えてやるだけのつもりだった。
「う、うっぜぇ! 出しゃばんな、コノ……ッ……!」
言葉が出ない。肺が押しつぶされるように苦しい。
七郎の体から滲む魔力に染みた、途方もない重量の殺意がそうさせるのだ。
犬神は腕を振り上げ、殴りかかろうとする姿勢で止まる。
魔力による身体強化も、何処ぞからの選抜者とは思えないほどお粗末。
銀伽藍の身体強化の方が数段上と感じる程であった。
「犬神はん、構うことあらへん。こんな奴ら捨て置いてサッサと行きましょ」
「は?」
そんな重苦しい空気を消したのは、意外にもレンメイの一言。
犬神も、言葉の意図を察せない。
「こんな怪しい奴ら、上に報告して調べて貰った方がいいんちゃうん? あの赤髪……クジャクっちゅうんは、ラコウじゃスネに傷持った女やで。ヤツメ家お抱えのうちが言うんやから間違いあらへん」
「なんですって……?」
「待ちなよレンメイ。お前に言われたかないね、悪どい商売してんのはどっちだい?」
レンメイの妙な言葉に困惑する灯塚裕理。
クジャクも殺気立った気を収めず、蜘蛛を見据える。
「あ、ああ! はは、そうな。おい裕理! お前が怪しい異世界人とつるんでるって、上に報告しとくからよ。覚悟しろな」
「……もう報告して、承諾は得てます」
「ああ? 勝手な報告上げんな。レンメイもこう言ってるし? オレから見たら調査が必要なんだよ。報告書上げとくからw」
犬神とレンメイは言いたいことだけ言うと、強引に義瑠土支部から立ち去る。
レンメイはクジャクとすれ違いざま、
「密入国、ばれるワケにはいかへんのやろ? 仲良おぉしよなぁぁ」
そう言い残し去っていった。
仲良くする気など、毛頭ないだろう。おそらく刺客の襲撃も再開されるはずだ。
「墨谷七郎……あなた、魔導隊が伽藍の憧れだって知ってるから、怒った……?」
どこか期待するような目で、烈剣姫は墨谷七郎に問う。
「(この男には、伽藍が黒騎士に逢いたいこと話したし……七郎は、どうしてか黒騎士を嫌ってた。初代魔導隊を馬鹿にされて、怒る理由なんて無いんじゃないの?)」
――だから、彼が怒ってくれた理由は……伽藍の為?
「……単にあの男が気に食わなかっただけだよ」
「ふ、ふんっ! 珍しく意見が合う」
義瑠土支部が落ち着きを取り戻す中、裕理やクジャクの顔は険しい。
特にリンカの表情は、思いつめたように暗かった。
・
・
・
「(なんや犬神、この男。やっぱり、あんま役に立ちそうにあらへんなあ)」
魔導隊が所有する移動車両の後部座席で、レンメイは冷めた目で犬神を見る。
犬神はレンメイの隣に座り、先ほどの醜態を無かったことにして自慢話に興じていた。
己がいかに有能であるかを誇示しようと、ベラベラと口を回している。
造り上げたラコウでの身分。それを使って魔導隊とやらに取り入ったのは成功だった。
術への知識も乏しい日本人を、欺くことなど朝飯前。
こいつが持ってる情報は、粗方吸い尽くした。
少し誘ってやれば、犬神はすぐにうちの体に飛びつき夢中になっている。
床の中で術を用いて心を操り、こいつの口から持ってる情報を全て話させたのだ。
「(もちろん本人さんは、なぁんにも覚えてあらへん。術への抵抗も知らん……餓鬼と同じや)」
魔導隊が持つ機密には、金になりそうな話がわんさか。
手始めに価値が高そうな物をいくつか盗み、さっそく金に換えた。
「(ラコウで長く商売するうちにも、手に余る呪具があったのには驚いたわぁ。アレはラコウじゃ金になるで)」
心の中で笑いながらも、頭にこびり付くのは、先ほど義瑠土支部で在った陰気な男。
「(……あの男、うちの操黒糸を簡単に千切った……何者や?)」
前に立ちはだかった、あの暗い眼をした男。
あれがクジャクを助けている男らしい。
ただの日本人だと高をくくっていたが、男が発した尋常ならざる気に充てられて、咄嗟に男の体に糸を絡めていた。
――クジャクだけは、うちの糸に気付いてたようやが……。
絡めた糸が指先に経験の無い重さを伝え、次の瞬間には何の動作も無く糸が千切られている。
想定外の事態に驚き、一旦あの場を離れる選択をしたのは間違いでなかったはず。
「クジャクめ……ナニをたらしこんだんや?」
「オイ。だから、今日もいいだろ? な?」
話を聞いていなかったが、犬神がスカートの下に手を伸ばし内腿をまさぐっている。
すでに利用価値をあまり感じないが、犬神の持つ魔導隊の立場が何かと便利なのは確か。
――ま、捨てるんはクジャクを殺した後でええやろ
この餓鬼絞るのも、なかなか楽しいもんや
レンメイは妖艶に笑い、犬神の手をスカートの更に奥へ導いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけましたら、
『ブックマーク』と広告下の評価【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】をお願い致します。