魔法少女
「っ」
大勢の人々。その視線の隙を縫い、無音で空中へ跳び回転しながら身を翻す。
一切の音を発さず降りた先は、人気のない物置き場。
リンカには使い方の分からない、大きな道具が並んでいる。
「(どこまで流されちゃったんでしょうか?)」
魔力を感じ、空間を透視する感覚に意識を集中。魔力と音の反響で、頭の中にモノクロの地図が描き出された。
「あっ」
とても近くで人の動きを感じる。
同じ部屋の中、大きな棚の影にこちらを伺う人影。
リンカは魔力感知から、意識を目で見る景色に切り替えると……人影と目が合った。
「えっあっその、勝手に入ってしまってごめんなさい。すぐに出ていくので……」
「スゴイ」
「え?」
「スゴイっキレイっカワイイっビューティフル! えっえっ? その肌はメイクなの?」
人影は長い髪を2つに横に束ね、装飾が施された服を着ている。
救世主を見つけたかのように、リンカの手を感極まったように握ってきた。
「まじかる☆フレイヤの新キャラ……リリダーク役が今日来れなくなっちゃって途方に暮れてたけどっ! あなたならピッタリはまり役。ダンスはもう覚える時間無いけど、さっきみたいにアクロバティックに決めてくれればOK!」
「いえ、あの」
「着替えてキュートにONステージ!!」
「えええええええ!?」
手を引かれ、衣裳部屋であれよあれよと着替えさせられ、あっという間にステージの上。
必死になって、前の子の踊りに合わせて動く。
大勢の男の人の視線が集まるのを感じる。顔から火が出るほど恥ずかしい。
「(あ、七郎様)」
観衆の中に七郎様の顔がある。隣にはクジャク様も。
驚いたように私を見ている。
――わたしを、見ている!
そこから羞恥の火は、別の熱に置き換わった。
幼い頃、生家で躾けられた舞の足運び。体の隅々まで神経を通して。
持てる技全てを利用して、闇の華は激しく舞い踊る。
・
・
・
突然ステージに現れたリンカに、驚きを隠せない。
まじかる☆フレイヤ役の少女と共に踊り始める。
「えぇ? どうして」
「旦那! 此処にいましたか」
「クジャクさん。ステージにっ」
「ええ見ましたよ。なんであんなコトになってるんだか」
クジャクも腑に落ちない様子。
だがリンカを見る顔は何処か楽し気だ。
「でもなぜ、あんなに踊れるんだ? 練習して……そんなわけ」
「たぶんあの娘、壇上で見よう見まねで踊ってるんですよ。隣で踊る娘の動きを見て、殆ど誤差なく動きを真似て」
「……すごいな」
見惚れるほど完璧な踊り。賞賛の言葉が自然に零れる。
目が釘付けになる間にも、ダンスの振りは更に激しく。
ステップと回転。そして音楽が最高潮に達した時、リンカは回転を加え飛び上がった。
空中で一瞬止まったように見える程の、美しい跳躍。
リンカの眼が、しっかりと此方を見て笑っていた気がする。
――うおおおお! 新キャラの娘すげぇぇっ
――黒いのに、すっごい目立って目が離せない
――ええっ!? リンカ?
――なんであんなとこで踊ってるんだ!?
あまりに可憐で、引き込まれるような妖し花。
周囲の客の歓声は更に大きくなる。
銀伽藍とカルタの声が聞こえた気がするが、俺はそちらへ振り向けない。
艶やかな熱を金の瞳に宿し、踊る闇色の少女。
目が離せないまま、揺れる意識。乖離し始める現実と記憶。
あんな真理愛は知らない。
「真理愛は、あんな顔をしない。……真理愛……?」
「どうしたんですか旦那? ……ッ」
クジャクは七郎の様子がおかしいことに気づき、男の瞳を見て顔を顰める。
暗い瞳が、決して褒められたモノでない感情を宿していた。
「(初めて会った時から、薄々わかってはいましたがね)」
ラコウで幾度か見たことのある目だ。
過去に囚われ、後悔に溺れ、どうあがいても前に進めない人間の目だ。
「(……旦那。やっぱりあんたは、現在を生きてない)」
――あんなにアンタを慕ってる……リンカを少しも見ちゃいない
ステージ上の2人が、重なり合うように動きを止める。
まじかる☆フレイヤのコンサートは、大歓声のなか幕を下ろした。
………………。
…………。
……。
ステージ終了後、合流を果たした俺と紅蓮、烈剣姫はリンカに宛がわれた控室に集まる。
「驚いた。リンカ、あんなにきキレイに踊れるんだ」
「無我夢中で……とっても、がんばりました」
伽藍と話すリンカは、事の顛末を語りながら気の抜けた様子。
それでもリンカの心は不思議と晴れやかだった。
「(七郎様に、私の舞を見て貰えた。……どうでしたでしょうか? 楽しんでもらえたでしょうか)」
リンカの心を占めるのは、その一点。
ラコウの貴族家では、舞は花嫁修業の一種。男を振り向かせる女の武器。
リンカはどこか上の空の七郎に、どうしても視線を送ってしまう。
「墨谷七郎…………あなたも黙ってないで、リンカを労ってあげたらどう? ホントにスゴかったんだから」
「か、伽藍ちゃんっ、労うだなんてそんな……。不必要に目立っちゃったし、迷惑を掛けてしまいましたから。…………でも」
――どうでしたか? 七郎様
リンカが思い切って七郎に問う。
七郎が暗い瞳をリンカに向けた時、控室の扉が開いた。
入ってきたのは、別行動をしていた灯塚裕理。
ようやくの合流であった。
「遅くなってごめんなさい。でも呪物捜索の依頼人とは、コンタクトが取れたみたいですね」
「? そいつとはまだ会ってない」
裕理の言葉を、カルタが否定する。
カルタの言う通り、依頼人と会った覚えはない。
「そうなんですか? 話を通したから此処に居るんじゃ」
「こんにちは! さっきは本当~にありがとね。サンキュー」
裕理に続いて入ってきたのは、ステージで喝采を浴びていた魔法少女。
「この魔導隊のお姉さんに聞いて驚いたよ。あなた達が、ウチの家から盗まれた呪物を探してくれるんだってね。もう助けられちゃったワケだ」
「あ、あんたが、呪物を管理する家の……?」
カルタを始め、裕理以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。
この魔法少女まじかる☆フレイヤこそ、探す呪物と縁深い人物であったのだ。
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