紅蓮の絆
「妙なことになった……」
肩を落としながら隠れ家の廊下を歩く。
激動の昼下がりを終え、現在は夜。部屋からの明かりが、板張りの暗い廊下を辛うじて照らしていた。
廊下にはリンカの掃除が行き届き、埃ひとつ舞わない。
今は此処を引き払う準備の真っ最中。
明日には魔導隊員・灯塚裕理と烈剣姫・銀伽藍の両名と合流し、任務とやらを手伝わなければならない。
そんな事態に陥った理由。
灯塚裕理との話を思い出す。
――では正式に私たちの任務を手伝ってくれますか? 報酬は弾みますので
――あいにくリンカ達の事が優先だ。危ない仕事に首を突っ込む気は無い
――そうですか。残念です
……そういえば、あなたは迷宮資源を未申請のまま利用し追放になったとか
――まあ、遺憾ながらそういう事になってる
――不正行為を働いた人間が、異世界人と同行するのはどうかと思うのですが……ううん……このまま任務に戻る前に、問題として上に報告した方がいい気がしてきました
―― …………。
――ええっ! 協力していただけますか。よかった
報酬として、異世界人の彼女達の生活を、私の権限で出来るだけ優遇します
……よかったなー伽藍
――ふふん、観念しろ墨谷七郎
勝ち誇ったように笑う銀伽藍。
取引とも言えない脅迫に食い下がろうとしたが、意外にも紅蓮の反応は好意的なものだった。
日本の表社会での生活が、ある程度保証されることはクジャクにとって願っても無い事。
そしてリンカは、仲良くなった伽藍の頼みを無下にしたくないと。
――わたし、お友達が出来たのは初めてなんです
そう嬉しそうにされては、断りようが無くなる。
というか烈剣姫も、リンカと一緒に居ることが目当てであんな提案をしたのではなかろうか。
任務の内容はまだわからない。
今後について話し合おうと思い、クジャクの部屋に訪れようとしているのだ。
部屋の戸が見えた所で話し声が聞こえ、足を止める。
うっすらと戸が開いており、隙間から部屋の様子が伺えた。
クジャクとリンカが座る前で、畳に顔をこすり付けているカルタの声が聞こえる。
「すみません……すみませんでした。クジャク様……絡新婦にいいように利用されて、こんなことに」
「顔を上げておくれカルタ。そんなんじゃ話もできやしないよ」
「アタシは――紅蓮には、もう」
カルタの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、袖で拭い続けでも畳に落ちる染みは減らない。
そんなカルタの言葉を遮り、クジャクは泣き続ける彼女を思い切り抱きしめる。
「あんたはいつまでたっても、あたしの娘だ。こんなことで出ていくなんて、許さないよ」
「でも、でもぉ」
「姐さん。出ていくなんて言わないで、一緒に暮らしましょう? 七郎様が私達にチャンスを下さったんです。もう一度皆でやり直せるんです。だから、……ぐす」
「リンカ……ごめんなぁ。お前が羨ましくて、今までつらく当たって……」
――ほらっ。今日は3人一緒に同じ部屋で寝ようじゃないか
昔みたいにねぇ
部屋から洩れるカルタの泣き声。
リンカのすすり泣く声も混ざり始めた辺りで、俺は踵を返す。
その夜、楽し気に囁き合う3人の声を、月明りだけが聞いていた。
いつの間にか、同じ布団に潜り込んだ母娘は温もりを分かち合う。
母に甘え、子を慈しんだ、かつての日々と何ら変わらない姿で。
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