伽藍の提案
「騒ぎを起こした奴らはこれで鎮圧出来ました。あとは……」
裕理の訝しむ視線が背中のクジャク達へ向いた。
被害者然としていようが、騒ぎの犯人が異世界人であっただけに、同じく異世界人の集団である紅蓮を疑いの目で見るのは当然である。
「彼女達はゲートを渡ってきた先で事件に巻き込まれただけだ。俺が彼女達から私的に依頼を受けて、こちらの世界を案内しているところなんだよ」
「では証明書を見せてください。彼女たちの身元を確認したいので」
裕理の要求に、後ろのクジャク達に緊張が走る。
リンカやカルタは不安そうにクジャクを見て、当のクジャクは何処か観念したような顔。
「すみませんね……実は」
クジャクは立ち上がり、言葉を発しかけたところで――
「どうぞ。これが彼女達の身分証だ。改めてくれ」
俺は懐から、3枚のカードを裕理へ差し出した。
「え……旦那?」
これは義瑠土や政府内部の“話のわかる”人間に、大枚叩いて作らせた偽造証明書。
様式どころか、渡来記録まで改竄してある……早々バレることは無い。
シルヴィアに連絡し数日、ギリギリ用意が間に合ったのだった。
「どうやら、お話は本当のようですね」
「(よし、セーフ)」
とりあえず誤魔化すことは出来た。
――旦那……こんなものまで
――これからは皆、ラコウから日本に来た観光客だからそのつもりで
――生半可なお礼じゃぁ、利かなくなっちまいましたね
こっそりクジャクが俺に耳打ちする。
お礼と強調したクジャクは、“楽しみにしてください”と艶めかしく笑った。
そうすると黙っていた烈剣姫の顔が、急に険しくなる。
「その赤髪の女性とは、どんな関係…なの?」
「ああ、この人は――」
「旦那とはもう切っても切れない仲ってやつで。ね? 旦那」
クジャクは伽藍に見せつけるように、俺の腕にしがみ付いた。
完全にからかっているな。
「……霊園山を追い出されてから、女の人と、イ、イチャイチャしてったってわけ……!? 不潔だっ」
「違う。……クジャクさんも、ふざけるのはやめてくれ」
「あっはっは、可愛らしくてついねぇ」
「ク ジ ャ ク 様――?」
「んぁ!? リ、リンカ。なんだい? いつの間にあたしの後ろを……」
伽藍とリンカがクジャクを囲む。
少女二人の勢いに押され、クジャクが珍しくたじろいでいるのが微笑ましい。
隅で体を休めているカルタは持ち直してきたのか、クジャク達を見て気の抜けた顔。
姦しい場所から解放され、意識の無い絡新婦の人間達が護送されていくのを尻目に、俺は灯塚裕理と話し始める。
「災難でしたね。こんな事件に巻き込まれるなんて」
「ああ。……これからあの襲撃者達は、何処に運ばれるんだ?」
「異世界人専用の留置所ですね。帝海都の、魔法やそれに準ずる術式を完全に封じれる施設が妥当でしょう」
おそらくあの双子以外の生き人形は、捕縛されればそのうち死ぬ。
親切にそこまでは教えない。だが気がかりはあの双子。
加害者として拘束され、身分を証明しようにも絡新婦の存在を露呈しかねない……そんな状況で、彼女たちはどう動くのだろうか?
大胆不敵に、街中で白昼堂々動いた彼女らだ。
山中で掃除しようとしていたが、予定が狂ってしまった……。
そして予想外と言えば、この魔導隊員の存在も。
「でも俺達は運が良かった。大きな騒ぎだったとはいえ、こんなに早く魔導隊が助けに来てくれるとは」
「いや、別件で私と……義瑠土経由で手伝いを依頼した伽藍とで街に来ていたんですが、騒ぎを聞いて伽藍が飛び出していったんです。あの子は小さい頃から……変わらず、真っ直ぐ」
どうやら‘あかいくつ’と烈剣姫は旧知の仲であるらしい。
「でねリンカ。あの男は前――」
「わあぁ……! そんなことが……。伽藍ちゃんも私と変わらないぐらいなのに、すごく頼りにされてるんですね」
「そ、そう?」
気づけばいつの間にか、少女2人が意気投合している。
年が近いらしい伽藍とリンカは、日本人と異世界人という壁を感じさせない。
これもひとえに、リンカが日本語をよく勉強した成果――
……………………真理愛が日本語を勉強? どうして?
それに、年は伽藍と同じじゃない。真理愛はもっと下だ。
「(真理愛は霊園山の一番深くで、まだ眠ってるはず。リィンカーネーションを待って……? ? 、 ?)」
墨谷七郎の記憶が唐突に混濁する。
いや、もともとリンカに出会った時から均衡を失い始めていた。
ひび割れた魂が、奇跡のバランスで保っていた均衡。
七郎を微睡みへ誘う、闇色の華。
死にかけの獣にとって、願いを棄て眠ることはすなわち…………。
「裕理さん。提案なんだけど、この男にも今回の任務を手伝わせるのは? 霊園山ではイロイロやらかしてるけど……ま、まあまあ強い。少しは役に立つと思う」
「確かに私と伽藍だけでは手が回らないのは認めます、しかし…………いや、でも……アリかも」
伽藍の提案で、我に返る。
任務? 手伝う?
随分勝手な話が聞こえた気がする。
俺は、どうも雲行きが怪しい会話に身構えるのだった。