あかいくつと烈剣姫
「ふう……………………あ?」
早急に制圧した黒装束を尻目に、フェードアウトしようとした矢先。
銀伽藍の視線がこちらに向いたのを感じ、無意識にビクリと反応してしまう。
「墨谷……七郎?」
完全に補足されたようだ。正直、密入国者である紅蓮を保護している状況で関わりたくない。
「(絶対、噛みついてくるだろうなぁ)」
まして伽藍は、どうしてか現魔導隊と行動している様子。
密入国の件が露呈した場合、殊更に面倒なことになるだろう。
「……ぐ」
「ああ、そうだった」
だが毒で呻いているカルタを放ってはおけない。
リンカ達の戦闘の後始末は、逆柱達が忠実に行ってくれている。そちらは問題あるまい。
「大丈夫か?」
「いいっ……! かまうなよぉ」
泣きながら、尚も意地を張りカルタは顔を背けている。
暗器による傷は、獣人の回復力により出血は止まっている。この様子なら、毒も命に係わるものではないと見ていいだろう。
カルタの事は、あとでクジャクに任せるか……。
「無視するなぁっ」
今は俺の袖を掴む、顔見知りの少女への対応を考えなければ。
「久しぶりね。こんな所で会うとは思わなかった」
「……学校に居場所無いの?」
「? なに……急に」
「霊園山からそれほど間を空けず、また義瑠土の依頼を優先して……学校行ってないんだろう? まあ、剣なんて持ってれば浮くのは当然か……友達はちゃんといる?」
わざとらしくハンカチで涙を拭く。
「なに目線っ!? あなたこそ、学校で友達が居たように見えない」
「居るわけないじゃないか」
「自信満々に……悲しくないの?」
――そ、それに! 伽藍にも友達ぐらい居るっ!
「伽藍? その人は? ……怪我人もいるじゃない」
俺と伽藍が実の無い会話を繰り広げていると、スーツ姿の女性が近づいてきた。
改めて見れば、思ったより背が高い。足が長く、パンツスーツが似合うスタイルの良さ。
「すぐに医療班を――」
「やめろ! アタシにそんなのいらない」
スーツ女性の言葉にも拒否を示すカルタ。
「いらないって……待って、あなたの耳……獣人?」
「えっ。……ホントだ。じゃあ、ガドランと同じ――」
「カルタっ」
「カルタ姐さんっ!」
「クジャク様……リンカ……」
上から音もなく着地し、膝を着くカルタの背をさするクジャクとリンカも合流した。
そっとこめかみを押さえる。
これで軍や警察から選抜された、ともすれば日本義瑠土や警察組織と同等の権力を持つ人物……魔導隊員の前に密入国者“紅蓮”が全員そろってしまったことになる。
――もう面倒な展開は避けられないらしい……
俺は銀伽藍と現代の魔導隊員に関わりたくないという願望を諦め、腹を決める。
下手に隠せば、魔導隊がリンカ達を武力拘束する可能性が高い。
それを防ぐために動かなければ。
リンカ達の前に立ち庇いながら、スーツの女性を見据える
「こんばんは。烈剣姫と……魔導隊員の方。さっきあなたが蹴り飛ばした奴らに、急に襲われたんだ。本当に助かった」
「こんばん……? まあ、いいです。君は、伽藍と顔見知りなんですか?」
「…………霊園山で、少し」
「霊園山迷宮で? もしかして…………墨谷七郎? じゃあ伽藍がずっと話してた、あの……霊園山の義瑠土を出禁になったっていう」
「裕理さんっ、ずっと話してなんていない!」
「ゆうり……」
何か記憶に引っかかる名前だ。
「ああ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私は魔導隊所属の灯塚裕理」
――少し、話を聞かせてもらえますか?
優し気ながらも、確かな強制力を持つ提案に頷きながら思い出す。
さっき見た赤い魔力を纏った蹴り、魔導隊の肩書を持つ女性。
もとは日本義瑠土の出身で、鮮烈な格闘術で幾人もの魔法犯罪者を捕縛。美しい容姿も相まってメディアにも取り上げられた魔導隊の麗人。
“あかいくつ” の灯塚裕理。
その二つ名にふさわしく、彼女のブーツは魔力の残滓と血の跡で赤い。