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縁は巡る


 「ラクラっっ!」


 男の手にある少女に反応は無い。完全に意識を失っている。


 「あいつは、クジャク達と一緒にいた……!」


 どうやって近くにいたラクラを(さら)った?

 私に気付かれずにっ。

 そんなの、ラコウの強者ひしめく魔界の(けもの)じゃあるまいし……。

 

 ナクラは混乱から立ち直れない。

 自分の片割れと言うべき存在が、敵の手中に落ちたのは初めてのことであった。

 

 暗い眼をした男は、ラクラを手にしたまま路地の暗闇を背負い近づいてくる。


 「(なにっ? なによ!? この悪寒はっ)」


 ナクラは恐怖を感じていた。


 「(さっきの店じゃ、何も感じなかったのに!)」


 ラコウの闇家業を生き抜いた、狩人(かりゅうど)(かん)と言おうか。


 “きっと……殺しを生業にする人間じゃない”


 ナクラの経験と勘は、男を()()()()()正確に理解していた。

 しかし男が殺意を発した途端に伝わる重圧は、いままで相対(あいたい)したどんな敵よりも強い。


 「ラクラを離せ!!」


 ナクラの手から、一瞬で(じゅう)の暗器が投げられる。

 銃弾と変わらない速度で飛来する暗器は、それぞれの影を重ね、標的に投擲物の数と速度を誤認させる。


 裏家業ナクラ、必殺の投擲。


 更にこの技を必殺()らしめるのは、今投擲した暗器の特別性にある。

 絡新婦レンメイ直伝、ユイロウ流操黒糸(そうこくし)術により、強靭な糸で暗器と指が繋がっているのだ。

 これにより魔力を通せば、暗器は自在に軌道を変え、魔力障壁すら突き破る。


 「(ラクラを盾にすれば、曲げて後ろから刺してやる!!)」


 男への恐怖もあったが、何より片割れを奪われた怒りが勝る。

 間違いなく殺す気で放った暗器。


 だが男には、避ける素振りすら無かった。


 関節、腹、心臓、首、眼球。

 寸分違わず狙い通りの軌道に沿()った暗器は、男の表面に当たると音を立てて曲がり、砕けていった。


 「!? そんなハズないっ!」


 ーー銀飾級冒険者の身体強化も貫く威力なのに!?


 なおも近づく男の眼球目掛け、最大量の毒と魔力を込めた、再びの全力投擲。


 ‘’ごぎん!“


 聞いたことの無い音が響いたが、今度は暗器の一本が眼球部分に突き刺さった。


 「あははっっあははははは……苦しんでちょうだいっ、ラクラに手を出したことを後悔して死になさい!!」


 男は足を止め、刺さった暗器をゆっくりと手で引き抜いた。

 刺さった跡に、傷が無い。


 「あははははははは、は…………はえ?」

 「痛いなぁ」


 笑っていた少女の顔が固まるのが見える。


 「痛いィ」


 激痛を感じる。

 欺瞞(ぎまん)の下の体にさしたダメージは無く、すでに傷は修復された。

 ではこれは……毒によるものか。

 効きはしないが、痛みは残る。


 久しぶりに感じた外からの痛み。体の内側を焦がす心臓の火でなく、戦いによる傷。


 意識が暗いあの夜へと近づく。知らずうちに、獣のような息を吐いていた。


 ――あいつを吹き飛ばすのに、ちょうどいいものを持っていたな


 視線を手に持つ少女へ。

 

 カルタを嗤っていた後ろから、気配を殺して路地へ引きずり込んだこの少女。

 黒牢の暗中で行った強襲暗殺に比べれば、幾分か簡単であった気がする。

 生き残るために必死で培った技術であるが、存外役に立つ。


 「こいつホントに人間……?」


 「あの毒を喰らって、平然としてやがる……!?」


 敵同士であるナクラとカルタが、同じく驚愕に染まる奇妙な光景。


 俺は羽の様に軽い少女の体を、同じ顔目掛け……投げる。


 「いやっ! ラクラ!?」


 豪速で投げられるラクラを固い壁から守るため、ナクラは避けない。

 双子の体は勢いよく壁へ激突した。


 「がはっっ」


 ナクラが苦悶の息を吐く。

 一呼吸遅れて吐血。内臓を痛めたらしい。


 「ごほ、ッ――ひ」


 もうナクラに、戦う気は失せていた。

 

 逃げる。2人で一緒に命を拾う。

 

 その一心でラクラを抱えて逃走を始める。


 追おうとする七郎の前に現れる、数人の黒装束。

 あからさまな足止めだ。


 「まだ残ってたのか……いったい何人を人形にして……」


 見ればビルの上から、もう一人黒装束が双子の傍に降りてきている。


 「早くしなさいっ使えないクズ! ラクラを抱えて逃げるのっ」


 意識の無いラクラを黒装束に抱えさせ、腹を押さえ駆け始めるナクラ。


 俺は双子を逃がす気は無い。


 「(あの様子では、逆柱と協力して捕まえるのは簡単だな)」


 そう思い、目の前の足止めを排除しようとした矢先。

 逃げる双子の先に人影が見えた。


 丸みを帯びながらも、線の細いシルエット……女性だ。

 長い髪を三つ編みにしている。


 黒スーツの装いだが、金属質のブーツが足元で目立つ。

 さらに俺の獣眼(じゅうがん)は、スーツの肩にあしらわれた装飾を見るに至る。


 「アレは――」


 新しい……魔導隊の……エンブレム。


 「じゃあ、あれは――」


 女は、片足を地面から浮かせた。

 ブーツへ魔力が注がれる。スムーズに、力強く。


 (くつ)に刻まれる魔術式が赤く光り、チェーンソーの様に魔力の粒子が廻り始めた。

 瞬間、姿が消える。


 現れたのは逃げるナクラの頭上。しなやかに足を振り下ろす。


 「セイッ!!」

 「きいっっ」


 反応したのは流石のナクラであったが、振り上げた暗器では強度不足。

 紅い蹴撃(しゅうげき)に得物を砕かれ、勢いのまま蹴り飛ばされる。


 「ぎゃっ――……」


 吹き飛ばされたナクラは、後方の建物にヒビを刻み動かなくなった。


 ラクラを抱えた黒装束は、ナクラを助けようとせず逃走を再開。



 「街を騒がせてたのは、お前達ね」


 

 今度はその黒装束の前に、別の人影が立ちふさがる。

 華奢な体と……手には刃煌めく刀があった。


 「何者か知らないけど……此処は通さない」


 (ひるがえ)る学生服のスカート。

 白い肌を(さら)す、女鹿のように鍛えられた足。


 (やいば)(みね)へ返し、すり抜けざまに一太刀。

 瞬く間に刃は鞘に収まった。


 崩れ落ちる黒装束。


 「人を傷つける悪人は、伽藍の剣が許さない」


 鋭い瞳が、勝気に光る。


 

 ――うわぁ


 変な声出た。


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