毒と双子(2)
暗い部屋で歯を覗かせながら蜘蛛が嗤う。
「いよいよやわぁ。ようやっとクジャクの首を捻れるんや。手抜かり無いようになあ、ナクラ、ラクラ」
「はぁい」
「わかっているわ、レンメイ姐さま」
水面が流れに揺らぐように、空間が異質に光る。
ラコウの……ある貴族によって秘匿される、異世界へ通じるゲートだ。
大きな空間を有する部屋に、窓や火の明かりは無い。
ゲートから透ける別世界の光だけが、絡新婦首領レンメイと蜘蛛の手足である双子の輪郭を浮かび上がらせる。
ラクラ、ナクラと呼ばれた双子の少女は、絡新婦に育てられた。
親の顔は知らない。
自分達の肌色からして、おそらくウェレミニアの船乗りあたりが父親だろうと思っている。
乞食をしていたところを拾われ、薬と術で精神を弄られ、人を殺す術と、男女の性別を問わない色事を叩きこまれた。
歪んだ生い立ちから、精神が幼いままの少女達にとって仕事は遊び。
レンメイ由来の歪んだ愉悦を受け継いだ2人は、意気揚々とゲートを潜る。
「さっさと終わらせて、レンメイ姐さまにご褒美をもらいましょう」
「甘いお菓子と、大きな宝石。夜にはとぉっても気持ちいこと」
「でもこの変な門……時間が立たないと、もう一度開かないんでしょう? ラクラ」
「めんどうよねナクラ。でもそうね、時間をかけて遊べばいいのよ。ゆっくりたっぷり遊びましょう」
――あはは
――ふふふ
ゲートを潜った先に待機するのは、ラコウ貴族の密貿易相手。
互いの世界の品を、国の許可なく高額で取引する。
企業や犯罪組織のコミュニティ、日本の暗がりで利を貪る者達であった。
それからレンメイが用意した生人形を使い、獲物である紅蓮を追わせていたが、ある時から状況が変わる。
なんの変哲も無い森へクジャク達を追い詰めたのだが、その夜から人形達が何者かに壊され始めたのだ。
森周辺を嗅ぎまわった者は一切返ってこない。
ついに殆どの人形を使い切り、紅蓮の所在を掴めなくなったと思いきや、’のこのこ’と街に出歩く獲物を見つけたというわけだ。
「もう追いかけっこには飽きちゃったから」
「殺すわ。死にかけのクジャクなんて怖くないもの」
「お前ら絡新婦が……丸薬を売る商人に手を回したってのか」
青い顔で立ち上がり、双子を問い詰めるカルタ。
「お馬鹿なワンちゃん。ずっとクジャクに毒を盛っているのに気づかない」
「レンメイ姐さまも笑い転げてたわ」
「う……そんな……じゃあ、ずっとあたしのせいでクジャク様は」
カルタは飛びかかる気力も失せたように、背中にある窓にもたれ掛かった。
「(もしかすればカルタが内通者かもしれないと、疑っていたけど……無さそうだな。演技が出来るとも思えない)」
俺はカルタへの疑念を一旦解く。
しかしこの双子は……そんなに自分達の強さに自信があるのだろうか。
あからさまに出歩いていたとはいえ、白昼堂々ここまで至近距離に現れるとは。
翻訳術式を持ち意思疎通を行う彼女らは、人形のような刺客達の指示役である可能性が高い。
俺の視線が気に食わなかったのか、双子の意識が俺に向いた。
「あなた、この女たちを助けたの? あなたも馬鹿ね」
「死ぬのよ、あなた。……ああ、ニホン人は平和ボケしてる人が多いから……情けない悲鳴が聞けそう♪」
蜘蛛の刺客はそれぞれ暗器のような刃物と、式符を無造作に構える。
追跡者達の有様を見て解ってはいたが、絡新婦という組織は相当に醜悪らしい。
「(どこぞの山に巣くってるヤツらと、いい勝負かもしれないな)」
俺はそう自嘲する。
「紅蓮が、あんた達なんかに殺られるってぇ……?」
「…………」
そして驚かされたのは、動揺しているカルタ以外の2人の様子。
クジャクは、向けられた者に等しく熱を感じさせる蔑みの目線。
リンカは静かで、冷徹な意思を金の瞳に宿らせる。瞬きも無い。
クジャクはともかく、リンカの裏家業としての貌を始めて見た気がする。
内通者の疑惑があったカルタを除き、実はクジャクとリンカには予め相談をしていたのだ。
絡新婦の釣り出しと、カルタの心内を暴く今日この日の事を。
絡新婦が俺達を殺す為に姿を見せれば、カルタが内通者だった場合なにかしらの動きを見せるだろう。
疑念は杞憂であったが、追跡者の釣り出しには成功した。
随分前から丸薬を飴玉に変え、飲んだふりをしていたクジャクは毒が抜けつつあり意気軒昂。
リンカは怒っている。クジャクとカルタを貶めた下手人に、激しく。
俺と違い、最後までリンカはカルタの潔白を信じていたのだ。
「……見栄っ張りね」
「……強がっても、苦しむだけよ?」
弱り切った獲物。そのはずだったのに。
享楽的な双子に焦りが生まれたが、現実視はしない。
今まで通りの気持ちよく人を殺せる瞬間を想い、欲求のままに紅蓮へ襲い掛かった。




