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黒電話

湿度が高い


 月が明るく森を照らす。

 しばらく木々の合間を眺めているが、今日森に入る侵入者は3人で打ち止めのようだ。

 全員を人工魔(じんこうま)逆柱(さかばしら)達が仕留め、死体の処理も済ませる。


 【死停幸福理論】が所有する隠れ家に、ラコウから逃げてきたという女性達……紅蓮を匿ってからしばらく経つ。

 毎夜毎夜律儀に、絡新婦(じょろうぐも)とやらの手先が血眼になって隠れ家を探っている。

 警戒網を張った逆柱達のいいカモだ。

 異世界の技術を持った暗殺者達とはいえ、彼らは意思の無い操り人形。逆柱とは、戦車と(あり)程の性能差がある。


 付近を探るヤツらに、誰一人として生還者は居ない。


 ふと、隠れ家がある方角を見る。


 「(リンカも……寝た頃だろうか。また深夜まで勉強をしていないといいが)」


 最近、信じられない速度で日本語を習得している闇色の少女。


 日本語を学びたいと願ったらしいリンカに、役立ちそうな物を与えたのは確かに自分だ。

 しかし教師が付いたわけでもなく、絵本とテレビだけであれほどに日本語を操る様になるとは……。

 今の彼女が話す日本語は、流暢で文句のつけようが無い。

 在り得ない習得速度である。


 「(クジャクさんが言ったとおり、リンカは才能を秘めた原石なのかも)」


 そして気になることがもうひとつ。

 カルタが定期的に、ラコウで商人から手に入れていたという丸薬。

 滋養強壮薬と言っていたが、中身が知りたい。


 山海連邦国家ラコウだけで流通する、薬草の類が原料だろうか。

 もしかすれば、俺達の研究の糧となるものが見つかるかもしれない。

 

 「(いままでウィレミニア由来の魔法薬の原料、薬草、霊薬……手に入れられる物は手に入れ、作れる物は霊園山で調合し、あらゆる可能性を模索してきた)」


 実際にリィンカーネーションの魔術構築に役立った例もある。

 そうで無くとも、外傷用回復薬液の製造に繋がるなど利益になる場合もあった。


 新しい魔法素材なら、ぜひ霊園山のシルヴィアに贈りたいのだ。


 「サンプルを手に入れたら、電話して話してみよう」


 昼夜の区別はあまりできないが、数時間たてば世界には日が昇る。

 クジャクに、丸薬の事について相談するのはそれからでいいだろう。


 そうして俺は広がる木々と、散らばる逆柱達に意識を戻した。


 ・

 ・

 ・


 「あっ七郎様! クジャク様とのお話は、終わったのですか?」

 「ああ、そうだよ。今日もお掃除ありがとう」

 「いえ……えへへ」


 「おい。あんまリンカにチョッカイを掛けるな根暗男」


 クジャクが居る部屋から出てきた俺を呼び止めたリンカ。

 健気に下働きをするリンカの頭を撫でていると、カルタから苦情が入る。


 カルタも彼女なりに、信用ならない男から仲間を守ろうとしているのだろう。

 彼女にとって最も大切なのはクジャクなのだろうが、仲間への情が厚いのは少しの付き合いで十分知れた。


 彼女は妹分の面倒はしっかり見ている。言動が厳しく、それが(わか)(づら)いだけで。

 

 その場を離れ、建物の廊下を進み突き当りへ。

 同居人の眼は届かず、窓も無い暗がり。そこに一枚のドアがある。

 ドアを潜った先には大きな厨房。元は宿泊客の食事を作る為の場所、それに見合った広さだ。


 更に厨房の(すみ)には、またも扉。

 この扉を開くと、湿気(しけ)た空気が一気に鼻をつく。

 電気も無い階段。その暗がりを降りるとコンクリート造りの一室にたどり着いた。


 此処は一時(いっとき)黒装束の刺客を閉じ込めていた地下室。

 普段は使われていない。


 その地下室にはひとつの黒電話が置かれていた。これは霊園山深部との秘匿直通回線。

 受話器を取り、特定の番号に沿ってダイヤルを回す。

 着信音が数回鳴り……目当ての声が聞こえた。


 『七郎。連絡をお待ちしていましたよ。遅かったじゃありませんかぁ』

 『すまない……早速報告があるんだ』

 『あら、どのような?』


 久しぶりに聞く10年来の共犯者の声。蒐集(しゅうしゅう)予定の呪物の情報も無く、シルヴィアを待たせていたのは本当だろう。

 謝罪し、現在の状況を語る。


 ラコウからの密入国者と、それを追う者。

 彼女らが所持している丸薬。

 日本の記録の無いゲートが存在する可能性。


 真理愛に生き写しの少女のことは語らなかった。

 真理愛とリンカ……2人の顔を理性の内で重ねようとすると、心が乱れる。

 真理愛はもういない、似ているだけのリンカ、事実を改めて見つめたくない。


 『………………へぇ』

 『? ……どうしたんだシルヴィア?』


 らしくない冷淡な声が返ってくる。

 

 『………… 女 だ け のラコウ人組織“紅蓮(ぐれん)”ですかぁ……。また大物を引っかけましたねぇ七郎』


 すごい含みがあった気がする。


 『有名なの?』

 『そのスジで高名な武闘派集団だったらしいです。詳しいことは(わたくし)も存じ上げませんが……首領のクジャクという女性が【金冠級】のギルド登録者であった記録を拝見したことがあります。確か通り名は……“(くれない)天女(てんにょ)”』


 『強いんだね』

 『ええ。【金冠級】はギルドランクにおける一種の到達点。一部の超越的な例外である【白星級】を除き、ギルドの最高戦力と言っても過言ではありません』


 只者(ただもの)では無いと思っていたが、そこまでの実力者だったとは。

 異世界ギルドランク【金冠級】であるなら、あのフル装備の聖堂神聖騎士と正面からやり合える力を持っているのだ。

 聖堂神聖騎士は【金冠級】クラスの実力を以て選定される、ノルン神教最高戦力を表す称号。

 彼女への認識を改めなくてはならない。


 『ゲートの件は可能であれば、そちらで調査をお願いできますか? 私は此処を離れられません。……あまり表に出るのも避けたいところですので……前回の大狂行では少し……前に出すぎました』


 ――日本義瑠土と魔法学島からの視線が強まったのを感じます

   やはり、探られているようです


 シルヴィアの声が暗い。

 大狂行での自分の行いに、後悔があるのかもしれない。

 人的被害を抑える目的もあったが、あのライルという男を捕らえる為のあれこれは、確かに彼女の我儘でもあった。

 しかしだ。


 『俺が走り続けてこれたのは、君のお陰だシルヴィア。君の痛みが少しでも晴れるなら、いくらでも協力する。俺達の願いが叶うまで』


 俺に含むところは無い。彼女の復讐を助けたことに微塵も後悔はない。


 『……ありがとうございます、七郎。【愚か者の法衣】は前回の戦闘で随分削れていました。改造の影響で修復は出来ませんので、無理をなされないよう……』


 ――そうです。私は我儘なのです。……わたくしの大切なあなた


 最後の言葉は小さすぎて聞き取れなかったが、【愚か者の法衣】の消耗には確かに注意を払うべきだと思う。

 欺瞞(ぎまん)映像を構築する魔術式は、負荷により劣化が進むのだ。

 修復は不可能。

 外見の欺瞞は、リィンカーネーションプロトコルの最終段階まで、絶対に保たなければならない。


 『ああ、気を付ける。譲ってもらった丸薬を贈るから、解析は頼むよ』

 『……七郎』


 ――それでこんな時に女性を囲うとは、どういう理由(わけ)です?

   なにか隠してることがありませんか?


 『ええ?』


 ………………。

 …………。

 ……。


 重い足取りで階段を上る。


 「つかれた」


 現状報告のはずが、最後にはどこか圧のあるシルヴィアの質問攻め。

 変異した体でも冷汗ってかくんだ……と、新たな発見もあった。


 外の空気を吸おう。この場所の湿気た空気から解放されたい。


 地上の空気を求め、何も考えず厨房に繋がるドアを開ける。


 「 話していた女の人は、どなたですか? 七 郎 さ まぁ」


 「ファッ!?」


 扉の先に、空洞のような眼で俺を見るリンカが立っていた。


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