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穏やかな日々


 ――七郎様のお世話になり始めてから、2週間が経ちました。


 与えられた部屋で日本語の勉強をしつつ、私は此処での穏やかな日々を振り返る。


 あれから絡新婦(じょろうぐも)の襲撃は無く、体を休めることが出来ています。

 心身をすり減らした逃亡期間の疲れは、思いのほか体を蝕んでいて……(かくま)われてから数日は調子を崩してしまいました。

 

 「(クジャク様が大変な時、休んでいる場合じゃないのに)」


 自分の不甲斐なさを恨みました。カルタ姐さんも私を叱りつけます。

 

 お前は守ってもらうばかりで何の役にも立たない、と。

 

 もっともだと思います。

 申し訳なくて、情けなくて……でも言う通り、周りを警戒して絡新婦に備えるカルタ姐さんを見ていることしか出来ない。


 でも七郎様は優しく微笑んで、いろいろな物を私に下さります。

 暖かな布団、手ずから作られた病人食、ラコウでは見たことも無い甘いお菓子。


 キラキラ光る綺麗な飴玉がたくさん入った小箱は、何度見ても飽きません。

 夜にこっそりと起き出しこの宝物を眺めていましたが、クジャク様に見られてしまった時は顔から火が出るかと思いました。


 ――リンカも女の顔をするようになったねぇ。時が経つのは早いもんだ


 よくわかりませんが、クジャク様の笑った顔を久しぶりに見れて、嬉しい。


 そのクジャク様ですが、この隠れ家でゆっくりと休めたお陰か、最近顔色が良くなっています。

 特に大勢が一緒に入れそうな大きなお風呂が、クジャク様のお気に入り。


 この建物が昔、宿をしていた時の名残なのだそうです。

 お湯も山から豊富に湧く地下水を沸かしたもの。

 なんでも此処を買い取った人は、火傷(やけど)や万病に効くこの地下水のお湯を気に入ったのだとか。


 体の調子も戻り、此処ではお掃除などのお手伝いしていますが、時折クジャク様が起き出し家事のいろはを教えてくださるのです。

 

 「花嫁修業さ、しっかりやりな。カルタはコッチの修行はどうも嫌がってね……」


 そう張り切るクジャク様。

 このままご病気が良くなって欲しいと、願わずにはいられません。


 そして――お優しい七郎様。


 あの方にはお世話になってばかりです。

 日本の言葉が分からなくて、きちんとお礼も言えていない。

 

 翻訳術はラコウ陰陽(いんよう)術の中でも難易度が高く、扱える術者は非常に稀で。

 クジャク様とカルタ姐さんの翻訳術は、とても高価な刻印術を体に刻むことで効果を発揮しています。


 どうしても七郎様と言葉を交わしたい。

 お話がしたい。


 日本語を覚えたいことをクジャク様に相談すると、翌日に七郎様が絵本とテレビ?という魔道具を用意してくださったのです。


 音と共に絵が動くテレビには驚きました。


 (みんななかよく~♪ボクのパンをお食べ~♪)

 「……おお……すごいなコレ……!」


 カルタ姐もお気に入りで、良くかじりついて見ています。


 私は……絵本が好きです。

 本は元々好きでしたが、何より七郎様が私に下さった物だから。

 あの方の手から渡されたとき、おもわず絵本の束を抱きしめてしまったほど。

 とっても嬉しかった。

 食べ物やお菓子とは少し違う…………そう、初めての、私だけへの贈り物。

 

 一生懸命文字を追って、テレビの声と答え合わせをして。


 そうして伝えたのです。本当はもっと上手(じょうず)になってから話したかったけれど、気持ちを抑えきれなくて。

 まだまだ(つたな)い言葉でしょうが、きっと理解(わか)ってくださると信じ勇気を出しました。


 「助ケテく、れて、アリガトうございマス」


 七郎様は驚いた顔をしていました。

 でもすぐに笑って下さったので、伝わったのだと嬉しくて……胸の高鳴りのまま覚えたての言葉を続けたのです。


 「今日モなかよく、がんばり、ます!」


 一瞬だけ、泣きそうになる七郎様が心に残る。

 

 なにか私は、言葉を間違ったのでしょうか?


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